78話 敵を待ち構える
大軍、迫る……!
「ボルドー様! てぇへんだ!」
数日後、家族で朝食を取っていたところに、自警団の若者が飛び込んできた。
「鎧を着込んで馬に乗った騎士たちが、こっちへ向かってきてる!」
「まじで来やがったか。数は?」
「分からねぇ! でも、すげえ数だ! うちの領地の人間より多い!」
「分かった。すぐ行くから自警団の連中を集めて待機だ。こっちから手は出すんじゃねぇぞ」
「うっす」
「言いつけを破ったら俺のファイアボールが火を噴くからな」
「あんたファイアボール撃てないでしょ……」
五指を広げて魔法を撃つ振りをするボルドーに対してげんなり突っ込んで、若者は指令を伝えるべく奔走した。
「んじゃあ、ちょっくら……」
『行くのですな、ボルドー殿』
「朝飯食べよう」
立ち上がるザグギエルに対して、座るボルドー。
ザグギエルはがくりとつんのめる。
「飯はしっかり食わないと、いざというとき力が出ないぞ、ザッくん。あとアレクシアちゃんのご飯を残すとかありえんし」
『な、なるほど、常在戦場とはこのことなのですな……!』
「ザッくん殿、あまり父の言うことは鵜呑みにしない方が……」
アルスが忠告するが、ザグギエルは猛然と食事に取りかかる。
結局全員が満腹になるまで食事は続き、食後のお茶も楽しんでから、騎士たちがやってきているという場所へ向かった。
甲冑の銀の輝きが、強い太陽の光を反射して鏡のように光っている。
畑を踏み荒らしながら横一列に並んだ騎馬の群れはいっそ壮観ですらあった。
「あいつらめぇ、俺たちの麦を……!」
「まぁ、落ち着け。畑も大事だが、お前らの命の方が大事だ」
歯噛みする農家の肩に手を置いて、ボルドーが前に出る。
後ろには自警団が数十名いるが、数は騎士団の百分の一と言ったところだろう。
戦力差は圧倒的に見えるが、ボルドーは至って平然と軍団の前まで進み出た。
まだ数十歩の距離は開いているが、それでも大軍の圧力を充分に感じる距離だ。
「あー、俺はこの地方を治める領主、ボルドー・アルデザイアだ」
重たく威圧する空気をまるで感じていないように、ボルドーは飄々と名乗った。
「諸君らは我が領地に無断で足を踏み入れている。ついでに言うと、君らの馬が踏んでいるのはうちの領民が丹精込めて育てた作物だ。少し下がってくれると嬉しいな。具体的には、姿が見えなくなるずーっと向こうくらいまで」
ボルドーの物言いを挑発と受け取ったのか、軍勢の空気に怒気が混じる。
槍を構え、今にも突撃してきそうな騎士たちだが、統率する者がそれを制した。
「失礼した。ボルドー殿。しかし、それは出来ない相談だ」
騎馬の列が割れて、一人だけ鎧の形状が違う者が前に出てくる。
「戦場ゆえ、馬上より失礼。私は神聖教会所属聖騎士団団長、セオドリック・グレイ。以後お見知りおきを」
兜を脱ぎ、セオドリックが優雅に頭を下げる。
「はい、どーも。だが、勝手にここを戦場にしないでもらいたいな。この領は国王によって認められている正式な我が領地だ。教会直属の聖騎士団だからといって無茶は通らないぞ」
「いいえ、通ります。なぜならば、あなた方は神の敵を匿っている」
「あん?」
片眉をひそめるボルドーから、セオドリックは視線を遠方の集団へ向ける。
そこにはボルドーの身を案じる領民たちと、その彼らを守るように立つアルデザイア一家の姿があった。
セオドリックは息を深く吸い込み、大音声を上げる。
「カナタ・アルデザイア!」
「わたし?」
名指しで呼ばれたカナタに全員の注目が集まる。
「神に背きし悪しき魔女め! もう逃げることは叶わんぞ! 我らには女神の加護がある! どこへ逃げてももはや無駄だと知れ! 我が君エリザヴェトを返してもらおう!」
「むむむ、エリたんは渡さないよ! むん!」
「姉上、食べカスが付いたまま喋っても威厳がありません」
腰に両手を当てて言い返すカナタの頬に付いたパンくずをアルスが甲斐甲斐しくつまみ取る。
『やれやれ、しつこい奴なのじゃ。妾はあるじ様のものじゃと分からんか』
カナタの肩に留まるエリザヴェトが嘆息する。
「……?」
セオドリックは怪訝な顔をした。
『絶世の美姫の妾にそちが惚れてしまうのも分からんでもないがな。妾にも選ぶ権利があるのじゃ。そちなんぞの元へ行くわけがなかろう。高嶺の花にもほどがあるというものじゃ。ついでに言えば、妾の城まで燃やしおって。憎みこそすれ、好く理由がひとかけらもないのじゃ』
自信満々に嘲るエリザヴェトを、セオドリックは白けた目で見る。
「そこの魔物、鏡で話した際にもいたな。魔物使いの従魔ごときが、なぜ何度も会話に混ざろうとしてくる。重要な話をしているのが分からないのか」
『いや、じゃから、前も言ったが、妾こそがそちの求めるエリザヴェトじゃと……』
「貴様のような醜い毛玉が、エリザヴェトのはずがあるかぁっ!!」
『ぴぃっ!?』
唾を飛ばすほどの勢いで怒号するセオドリックの迫力に、エリザヴェトは怯えてカナタの後頭部に隠れた。
セオドリックにとってエリザヴェトとは、安易に触れてはならない聖域だ。
自らの理想を集めたかのような奇跡。美の化身。たった一枚の肖像画から始まったエリザヴェトへの懸想は尋常な重さではない。
毛玉姿のエリザヴェトが、自分こそが本物だと主張することは、セオドリックには耐えがたい侮辱だった。
『う、嘘じゃないのじゃもん! 妾がエリザヴェトなんじゃもん!』
「うんうん、エリたんはエリたんだよねぇ」
カナタは震えるエリザヴェトをよしよしとあやし、ついでにその体毛に鼻を埋めてすーはーすーはする。
「まだ言うか……。ならば見せてやろう!」
セオドリックは戦場にまで持ち込んだ板から布を剥がす。
「私が恋い焦がれてきた彼女の絵姿は、あまりにも真に迫っていた。この姿こそエリザヴェト! 貴様のどこにエリザヴェトと共通点があるというのだ!」
深紅のドレスに身を包んだ美女の肖像画をセオドリックは高々と掲げる。
『おお、確かにそれは妾じゃ。良く描けておるのじゃ』
『まぁ、確かに良く描けているな』
『確かに似ているが、本物はもっと高飛車に笑うぞ。あのように楚々と笑うはずがない』
ザグギエルとフェンリルも同意するが、それがますますセオドリックの怒りに火を付ける。
「どこが似ているというのだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
美形が激しく歪むほどの怒号。
エリザヴェトの真の姿を知らないセオドリックは、毛玉三匹に怒り心頭だ。
ぜぇはぁと息を切らしていたが、怒鳴ったことで冷静になったのか、セオドリックは髪をかき上げ、兜を身につける。
「……もういい。どうあっても私とエリザヴェトの仲を裂こうと言うのであれば、この地を灰燼に帰しても見つけ出してくれる!」
セオドリックの号令を待ち、騎士たちが長い馬上槍を構える。
「おいおい、マジでやんの? まだ農地が収穫前なんだけど」
「麦の心配より、自らの命の心配をするのですな、アルデザイア伯!」
セオドリックが剣を抜き、領民の一団へと切っ先を向ける。
「全軍、突撃!」
一糸乱れぬ騎馬の軍勢が、襲いかかる。
全軍の一斉突撃が畑を踏み荒らし、領民たちに襲いかかる。
対するは、ボルドー率いる若者で構成された自警団。
わずかな寡兵である彼らが取った奇抜な作戦とはいったい!?
次回『真っ正面から押し返す!』
乞うご期待!






