77話 行動を予測する
邪神の行動などお見通しよ。
『はぁぁぁぁぁ、ここは天国じゃのう』
風呂上がりにベッドに寝転んだエリザヴェトは幸福感に大きくため息をついた。
『飯は美味いし、風呂も気持ちいい。あるじ様の家族はもちろん、領民も気の良い者どもじゃ』
領民たちは役には立たないが懸命に働く三匹をすんなり受け入れてくれて、ご褒美と賞して餌付けしまくっていた。
おかげで元々丸い毛玉たちはその丸さに磨きをかけている。
「私はみんなと一緒に寝られたらもっと天国なんだけどなぁ……」
故郷に帰ってきて以来、カナタはザグギエルおよびフェンリルとは別々に寝ることになっていた。
エリザヴェトが嫌がるだけではなく、父ボルドーにも『男同士で夜の語らいとかしたいんじゃあああ!』と訴えられ、ザグギエルもカナタの父とじっくり話してみたいという希望もあり、その運びとなった。
フェンリルは『お前だけカナタと一緒なのは納得がいかん』とついでに男組に入れられていた。
『あるじ様には妾がいるのじゃ。男どもなどより妾を抱くのじゃ』
ぴとりとエリザヴェトが寄り添うと、カナタはエリザヴェトを抱き上げ、その腹に顔を埋めた。
「はぅぅぅぅ、モフモフ、モフモフゥゥゥゥゥ……」
深呼吸してモフ成分を補充するカナタ。
『ふふふ、あるじ様は愛いやつよのう。しかし、この小さな毛玉の姿では抱き足りぬであろう? 元の姿で組んずほぐれつしても良いのじゃぞ?』
「あ、それは結構です」
そう言って、カナタは日課の血をエリザヴェトに与える。
『ふぬぬ、あるじ様は身持ちが堅いのじゃ』
人差し指をしゃぶりながら、エリザヴェトは相手にしてもらえないことを悔しがる。
カナタの血はエリザヴェトを回復させるが、同時に毛玉の姿にしてしまうという奇妙な力があった。
聖なる力を帯びたカナタの血と不死者であるエリザヴェトの力が絶妙にぶつかり合った結果、というのがザグギエルの見解である。
『カナタの血は最高なのじゃ……。この村のトマトジュースと甲乙付けがたいのじゃ……』
「エリたん、あんまり吸うと指がふやけちゃうよう」
「あらあら、ママはお邪魔だったかしら?」
ネグリジェを着た母アレクシアも寝室を共にしている。『パパばかりカナタちゃんのお友達と仲良くなってずるい』ということで、女同士は女同士で仲良くやっている。
「甘いお菓子、たくさん持ってきちゃった。食べながらお話しましょう」
「わーい、お菓子! ママンのお菓子大好き!」
『なぜ菓子だと見た目が地獄絵図にならんのじゃろうな』
謎の生命体がトラウマになっているエリザヴェトがつつくが、クッキーは叫んだりしなかった。
口に運ぶとホロホロと崩れて本当に美味しい。
女子たちが甘いものをお供に話に花を咲かせている間、男たちの間でも談合が交わされていた。
「ええ!? アルス、女神様と会ったの!?」
「はい、あまりに荒唐無稽な話なので、話すかどうか迷ったのですが、姉上やザッくん殿のことを害する発言をしていたので。念のため話しておこうかと」
「ど、ど、ど、どうだった!? 女神って美人だった!? 乳はデカかった!?」
「父上……。母上に言いますよ」
「おいおい、男同士で話してるのに、そんな野暮なこと言うなよ。なぁ、ザッくんよ」
『は、はぁ……。アレをそういう目で見るのは難しいですな……』
同意を求められ、ザグギエルはお茶を濁す。
「神に対して不敬、と言いたいところですが。あれは父上が思うような相手ではありませんでしたよ」
『あれは女神の皮を被った邪神だ。余に呪いをかけたのもあやつ。よもやアルス殿にまでちょっかいをかけていたとは……』
深刻な顔で思案するザグギエルに、布団に腕枕で寝転んでいたボルドーは身を起こす。
「あれ? わりと真面目な話っぽいな」
「そうです。真面目に聞いてください」
アルスは女神から【勇者】にならないかと誘われたこと、その力でカナタとザグギエルたちを滅ぼすことを要求されたことなどを話した。
『断るついでに女神に一太刀入れたとは、見事だ。余すら手傷を負わすことは叶わなかったというのに』
「知らない間にそんなことになってたとはなぁ」
ボルドーは顎先をぽりぽりと搔く。
「相手が神ってことは、こっちがどこにいるかとか全部把握されちまってんのかね」
『おそらくは。しかしやつは上位の次元に存在するので、こちらへ干渉するためにはかなりの時間や力を要するようです。神の権能である試練や祝福を歪めることで悪事を働くのがせいぜいでしょうな』
「職業を自由に与えられるというのは、強力な力ですね。僕は断りましたが、魅力的な勧誘ではあるでしょう。姉上やザッくん殿のことを知らない者からすれば、魔女だ魔王だと言われればそのまま信じてしまうでしょうし」
「んん? あれ? ちょっと待て。なんかそれどっかで聞いたことあるぞ。良く考えたら、なんか同じような誘いが俺のとこにも来たような……?」
「え? 父上のところにもあの自称女神が来たのですか?」
「美人だったが、なんか不気味な女だったな。よく分からんかったけど、途中でアレクシアちゃんが追い返しちゃったから、ちゃんと話聞いてないんだよな」
「母上も誘いを受けていたんですか……。二人なら納得ではありますが……」
『女神のやつめも、自らが標的としているカナタの家族に声をかけるとはなんとも間の抜けたことをする』
「まぁ、俺らはともかく、エリザヴェトの嬢ちゃんの尻を追っかけてる、セオなんとかだっけ? そいつとか、格好の勧誘相手じゃねぇの?」
『確かに。エリザヴェトに執着しているやつならば、カナタに対して恨みを抱いていてもおかしくない。女神の誘いに簡単に乗りそうですな。この辺境にもやつらの手が及んでくるかもしれません。これ以上厄介になるわけには……』
「おっと、水くさいことは言いっこなしだぜ。もうザッくんはうちの家族みたいなもんなんだからよ。家族も守れないで何が親父だってなもんだ」
『ぼ、ボルドー殿……!』
「お義父さんって呼んでも良いんだぞ、ザッくん」
『い、いや、前も言いましたが、カナタと余は主従以上の関係は全くなく……』
「父上、『結婚とか絶対無理そうな娘に降ってわいた婿候補、逃がさないぜ!』って顔に書いてありますよ」
「そこまで正確な読心をやるとは。やるじゃないか、息子よ」
「父上が分かりやすすぎるんです。ともあれ、襲撃があるかも知れないから警戒する、ということで良いですね」
「おう、自警団の連中にも伝えとくわ。あいつら暇してるから喜びそうだな」
『お二方、かたじけない……!』
「ところで、フェンフェン殿が先ほどから見えませんがどこへ?」
「フェンフェンなら『カナタ様を警護しなければ……!』とか言ってカナタたちの部屋へ行ったぞ」
『な、なにぃ!? やつめ、抜け駆けを! こうしてはおれん! 余もカナタを守りに向かわねば!』
「当家で一番強い姉上を守る必要があるんでしょうか……?」
アルスは首をかしげるが、ザグギエルはフェンリルを追って飛び出し、カナタの部屋の前で番犬よろしく寝ずの番を誓った。
が、明け方頃には二匹で寄りかかり合いながら眠ってしまい、それを朝になって見つけたカナタの胸をたいそうときめかせたそうな。
ついにやってきた神聖騎士団。
セオドリックはついに追い求めていたエリザヴェトの姿を見ることができた。
その姿を見たセオドリックの感想とは!?
次回『誰だ貴様は!?』
乞うご期待!






