76話 勇者になる
邪悪✕邪悪
セオドリック率いる聖騎士団が屍姫エリザヴェトを見失ってから、一週間が経とうとしていた。
「全軍を捜索に当てて、何故まだ見つからない」
セオドリックの声は静かだったが、にじみ出る怒気に整列した騎士たちは冷や汗を流した。
少女が使った転移魔法がどれほどの距離を飛べるかは不明だが、神聖教会の信者の目はどこにでもある。
聖女イシュファルケの背信はあれど、その影響はまだまだ小さく、聖騎士の布令に逆らう支部は出ていない。
つまり、これだけの人間の目を掻い潜って少女は逃げおおせられていると言うことになる。
やはり、教会の影響力が及ばない辺境に逃げたと考えるのが妥当だろう。
しかしひとえに辺境と言っても、その数は無数にある。
聖騎士団が三〇〇〇もの兵力を抱える軍団とはいえ、そこまで広範囲に探すことは不可能だ。
もはや虱潰しに時間をかけて探すしかないだろう。
「……もういい。下がれ。何かあるまで連絡をよこすな」
「は……はっ!」
明らかに落胆した様子でセオドリックは騎士たちを下がらせ、執務机の椅子に腰掛けてうなだれた。
「やっと、やっと結ばれると思ったのに……」
一分一秒だってもう待てない。今すぐにあの美しい姫を我が物としたい。
しかし、セオドリックのその望みは叶わない。
捜査網を広げれば、それだけその隙間は大きくなる。教会の建っていない辺境の村々を一つ一つ回って調べるのには年単位の時間がかかるだろう。
『貴方のその望み、叶えましょう』
頭上から聞こえてきたその声に、セオドリックは体を震わせた。
あまりにも神々しい声。白々しいほどに白い純白の気配を漂わせた存在が、自分の頭上に存在する。
「あ、あなたは、まさか……」
恐る恐る見上げたそこには、慈愛に満ちた笑みを浮かべた女神がいた。
本来、聖女としか交信するはずのない女神が、直接姿を現す奇跡にセオドリックは身動きを取ることが出来ない。
『聖騎士セオドリック・グレイ。貴方は聖騎士にもかかわらず、生を汚し魂の輪廻を否定する不死者、屍姫エリザヴェトを愛していますね』
「そ、それは……」
許されざる恋であることは承知している。しかし、それが造物主である女神を降臨させるまでの罪だと言うのか。
神に知られてしまった以上、エリザヴェトのことは諦め、討伐するしかないのだろうか。
信仰心と慕情の間で揺れ動き、苦悩の表情を浮かべるセオドリックに、女神はさらに微笑みかける。
『感動しました』
「え……?」
『貴方のその純なる想い、私は大いに感動したのです』
女神の言葉は、涜神を責めるものどころか、セオドリックを褒め称えていた。
『種族を超えて、それも不倶戴天の神敵への愛を貫こうという貴方の想い、本来は許されないことかも知れません。しかし、私が赦します。神たる私が赦すのです。誰にも貴方を罰することなど出来ません』
「お、おお……。女神様が我が恋をお認めに……!」
『貴方の恋は艱難辛苦に彩られてきました。ですが、もう大丈夫です。貴方の想い人が囚われている場所を教えましょう。そして貴方にはあの魔女を誅するために【勇者】の祝福を与えます』
【勇者】、それは人類を滅ぼす魔王が現れた際に、その反立存在として選ばれた者にのみ与えられる職業だ。
ありとあらゆるステータスが数十倍に跳ね上がり、高度な剣技や魔法も自動的に習得する。
間違いなく人類最強の職業。それが女神直々に与えられる。
セオドリックは確信した。
これはもはや運命だ。
自分とエリザヴェトが結ばれることは運命によって決まっている。
何故ならば、この世界を創り出した女神が祝福してくれているのだから。
『貴方の想い人を連れ去った悪逆の魔女は、王国の南端、他国と隣接する辺境の小さな領地にいます。あの者を退治し、想い人を連れ戻しなさい。魔女を匿う邪教徒たちにも神罰を与えるのです』
「ははっ! お任せください女神様! 身命を擲ってでも神託を執行してみせます!」
床に跪き、騎士の誓いを立てるセオドリックに、女神は満足げに頷き、セオドリックの職業を【勇者】に書き換えた。
人類の限界たる強さを手に入れたセオドリックは聖騎士団の全軍を結集させ、王国の南端へ向けて出征した。
邪女神によって勇者の力を授かったセオドリックは、同じく高位職業を授かった者たちを率いて辺境へと向かう。
のどかで平和な辺境に迫りくる脅威。
そんなことになっていると知らないカナタたちは、どうしているのか!?
次回『行動は予測済みです』
乞うご期待!






