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75話 手合わせする

ザグ「むぅ、あれは……!」

フェ「知っているのか、魔王!?」

 午後、カナタたちはボルドーたちが使っている修練場へ足を運んでいた。


「二人ともがんばれー」


 カナタが応援する先には、剣の間合いを隠すように低く構えたアルス。


 そして悠然と木剣を肩に担いだボルドーの姿があった。


「行きます、父上」


「おう、どんとこい」


 ボルドーが手招きをした瞬間、アルスが一歩踏み出す。


 その場から瞬間移動したようにすら見える速度で踏み込んだアルスは、下から剣を切り払う。


 真正面からその一撃を受け止めるボルドー。剣と剣が打ち合ったと思った瞬間、アルスはさらにボルドーの後ろへと回り込み、返す刀でボルドーの背中を袈裟切りにする。


 しかしその剣は空を切り、目を瞠るアルスの後ろにボルドーが現れた。


 ゆっくりとした切り下ろしを、アルスはすんでの所で受け止めるが、その一撃の重さに木剣がへし折れるほどの轟音が響いた。


「おお、やるじゃん。アルス、また腕を上げたな」


 両手で柄を握り、全力で受け止めるアルスに対して、ボルドーは右腕一本でアルスを押し込んでいく。


「っ……!」


 鉄心入りの太い木剣がミシミシと鈍い音を立てる。


 このままでは武器を破壊されて、アルスの負けが確定する。


 アルスは状況を打破するため、剛力に耐えて剣の角度を変え、ボルドーの剣を滑らせる。


 体を入れ替え、一見隙だらけに見えるボルドーの顔面へと突きを打ち込む。が、首をかしげるだけでその一撃は躱され、反撃の横薙ぎによってアルスは吹き飛ばされた。


 かろうじて剣を盾に出来たが、衝撃を殺しきれなかったアルスは地面に轍を刻んでボルドーから離れていく。


 再び両者の距離は開き、アルスは攻めかねるようにボルドーに剣先を向けたまま動けない。


「ほれ、じっとするな。止まってたって状況は変わらん。動いて動いてどんどんかかってこい」


 悠然と歩いてくるボルドー。


「っ……。はいっ!」


 アルスは歯を噛みしめ、鋭く打ちかかった。


 上中下段を織り交ぜた舞のような剣撃を、ボルドーは片手一本で打ち払っていく。


「いいぞー。攻撃の中にしか勝機は見いだせん。反撃を狙うにしてもただ受け手に回るな。攻めろ攻めろ」


「はぁぁぁぁぁぁっ!!」


 ボルドーの発破に、アルスの剣はさらに激しさを増していく。


『ううむ、何という見事な戦いか』


『じゃが、息子の方がかなり押されておるようじゃのう』


『アルス殿の年齢を考えれば、あそこまで食い下がっていることが凄まじいのではないか』


 カナタと一緒に試合を見物する三匹は、各々の感想を口にする。


 実際、アルスは素晴らしい腕前だ。


 同年齢はおろか、大人の剣士でもアルスの相手にはならないだろう。


 冒険者になれば今すぐA級に推されそうなほどの剣技である。


 そのアルスの剣を余裕で受け続けるボルドーが異常なのだ。


 先ほどから、右手一本以外使っていない。その実力差は明白だった。


『だが、アルス殿はまだ諦めていないようだぞ』


 ザグギエルが睨んだとおり、アルスの眼から戦意はいささかも落ちていない。


 素早い斬撃の中に隠した重い一撃で、ついにボルドーの剣を弾き、間合いの内へと深く踏み込む。


「あぁぁぁぁぁっ!!」


 喉を狙った鋭い突きは、しかし顔を仰け反らせることでボルドーに避けられてしまう。


「おっと、今のは危ない──」


 しかし、アルスの切り札はその突きではなかった。


 右手で突いている間に隠した左手が、青い稲妻を走らせる。


「ライトニング・ボルト!!」


 アルスの狙いは至近距離からの雷撃魔法。


 ただ魔法を撃っただけでは、ボルドーには当たらない。


 故に必殺の突きで体勢を崩してからの、最速の魔法攻撃による二段構えの切り札だった。


「あっ、やべ──」


 焦った表情のボルドーに、雷の一撃が直撃する。


 閃光と轟音が響き渡り、その衝撃波によって砂埃が巻き上がった。


 砂埃の隙間から見えたのは、左手を突き出したアルス。その先には真っ黒に焦げた木剣。


 そしてアルスの顎をこつんと小突くボルドーの姿だった。


「はい、一本。俺の勝ちー」


「…………」


 勝ち名乗りを上げるボルドーに、アルスは構えを解いた。


「……ずるいですよ、父上。右手の剣一本で戦うって約束だったのに」


「ずるくありませんー。素手で戦わないとは言ってませんー。ちゃんと右手で殴ったしー」


「むぅ……」


 学園では冷静で無表情なアルスが、年相応に拗ねたような顔をする。


「だがまぁ、良くやった。最後のはマジでヒヤッとしたぞ」


「対父上の秘策だったのですが、やはり僕はまだまだですね……」


「いや、訓練で実の父親にガチの必殺攻撃を浴びせてくるアルスくんの容赦のなさが、パパはマジで怖いです」


「父上はあの程度の雷撃で死なないでしょう?」


「息子の厚い信頼がやべぇ。冬期の休みがどうなるか、今から震えてくるぜ」


「あれだけ余裕綽々で負かしておいて良く言いますね。そういうところが狡いんですよ」


 父と息子は軽口をたたき合いながら、応援していたカナタたちの元へと歩いてくる。


 出迎えるのは笑顔のカナタと、試合の凄まじさにおののいている三匹。


『な、なんじゃ、最後は何が起こったのじゃ……?』


『砂埃でほとんど見えなかったがあれは……』


 エリザヴェトとフェンリルが、一瞬で終わった試合の結果に困惑している。


『なんという神業だ……』


 ただ一人、その瞬間を捉えることが出来たザグギエルが戦慄していた。


『な、なんじゃと。そちには見えたというのか……!?』


『我も雷撃を避けたところまでは見えたが……。魔王、貴様はすべてを見ていたというのか……!?』


『うむ、余が近接攻撃と魔法を組み合わせた闘法を得意とするが故だが……』


 ボルドーは雷撃魔法を避けられないと判断するやいなや、剣を捨て避雷針に見立てて魔法をそらし、素手でのカウンターをアルスの顎に合わせる。超反応の絶技だった。


 剣から手を離すタイミングが早くても遅くても、雷撃魔法はボルドーを灼いていただろう。


 剣先に雷撃が触れた瞬間、木剣から腕へと雷撃が伝うそのわずかな時間で手を離したからこそ、アルスの雷撃魔法は標的を誤認してしまったのだ。


 その判断を体勢が崩れたあのわずかな一瞬でやってのけたのだから、恐ろしいと言わざるを得ない。


『あの歳で必殺の一撃をさらなる必殺への布石とするアルス殿も末恐ろしいが、それを回避して反撃まで合わせるボルドー殿は控えめに言って怪物だな。全盛期の余でも確実に勝ちを拾えるとは断言できぬ』


 ザグギエルのボルドーへの評価はうなぎ登りだ。


「ていうか、アルスのがずるい! なんだよ最後の魔法! めっちゃ格好良い!! 俺も使いてぇぇぇぇぇっ!!」


「父上は魔力がないので、無理だと思います」


「くそう、自警団の連中みたいなことを言いやがって……。だが、俺は諦めんぞ! 夢は諦めなければいつか叶うんだ!」


「はぁ……」


 熱く語る父に、アルスはカナタの方へ向き直る。


「……姉上」


「なにー?」


「夢見がちな父上に現実を教えてあげてください」


 自分の持っていた木剣をカナタに渡す。


 それを見たボルドーの顔が青ざめた。


「えっ。ぱ、パパ、もうカナタちゃんの相手は無理かなって……」


「よーし、がんばるぞー」


「話を聞いてカナタちゃん!」


 カナタは数回木剣を素振りすると、そのままボルドーへ突っ込んでいく。


「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 今さっきザグギエルが上げに上げたボルドーが、カナタによって宙を舞った。


『やはりあるじ様は別格なのじゃのう……』


『流石です、カナタ様!』


『カナタの強さは異次元過ぎて、解説も出来ん……』


 カナタに父の相手を任せ、アルスが三匹の近くに腰掛けた。


『負けたとはいえ、見事であったぞ、アルス殿』


「ありがとうございます、ザッくん殿」


 健闘を称えるザグギエルに、アルスは頭を下げる。


 ザグギエルから見ても、アルスの戦いは素晴らしいものだった。


 これほどの才を持っているからこそ、父や姉に劣等感を抱くことはないのだろうかとザグギエルは少し心配になった。


『アルス殿は、カナタや父君のことをどう思っている』


「尊敬しています」


 アルスは即答した。


「僕が姉に続いて王都の学園へ入学したとき、誰もが僕の家族のことを話しました。父と母がどれだけ偉大で国に貢献したか、姉がどれほど輝かしい成績を残しているか」


『ならば、比較されることも多かったのではないか』


「そうですね。でも、それが励みになりました。父と母と姉はこの程度じゃなかったと言われれば、悔しいと思うより誇らしい気持ちになりましたし、ずっと高みに自分の家族がいることが分かっているので調子に乗った天狗にならずに済みました」


『そうか……』


 良い家族なのだなとザグギエルは納得した。


 自然体の父、優しい母、変わり者だが目的を持って道を示す姉。そしてアルス自身も清い心を持った素晴らしい少年だ。


「それに、僕は普段の家族の顔をよく知っているので。あの人たちは僕がしっかりしないとという思いもあります。父上も姉上もアレですし……」


『そ、そうか……』


 アレと言われて、主人の思い当たる節が沸き起こるザグギエルだった。


「母上も一見まともそうに見えますが、あれで問題がないわけでもないのです」


『む? そうなのか? 優しいご母堂にしか見えぬが』


「ええ、ザッくん殿にも注意しておきたいのですが、実は……」


 アルスが母の問題点を話そうとしたところ、ちょうどその本人がやってきた。


「みんな頑張ってて偉いわ。なので、ママから美味しい軽食を差し入れです」


 大きなバスケットに布がかぶせられている。


 おそらくその中身が、アレクシアの作ったお菓子なのだろう。


『おお、それはありがたい。みな修練で小腹が空いていることでしょう。どれ、ひとつ余にも──』


「待ってください、ザッくん殿」


 アルスはザグギエルを制止して、アレクシアに尋ねる。


「それはもしや母上がお一人で作ったのですか?」


「うん、そうよ! 今日のはいつもより張り切って作っちゃった」


「……そうですか……張り切ったのですか……」


 笑顔のアレクシアに対して、アルスの顔は陰鬱だった。


『どうしたのだ? アルス殿。せっかくの御母堂のご厚意だ。余としてはありがたく頂戴したいのだが』


「はい、いえ、ですが、その……」


『? 御母堂の作ってくださった料理は大変美味であったぞ?』


「いえ、その、おそらく味には問題がないのですが」


 珍しく歯切れの悪いアルスに、ザグギエルは首をかしげた。


 その仕草の可愛さに釣られたカナタが、ぐったりした父を脇に抱えてやってくる。


「はぁぁぁぁっ、首をかしげるザッくん可愛すぎる~……!」


「ちょうど良かった。パパもカナタちゃんもみんなと一緒に食べましょう。色々作ってきたのよ」


「えっ? ……ママンが、一人で?」


「そう、一人で」


「そっかぁ……」


『か、カナタまでしょぼくれた顔を!?』


 いったい、そのバスケットの中に何があるのか、ザグギエルには見当もつかなかった。


「さぁさ、みんな遠慮しないでたくさん食べてね」


 敷物を広げて円を組んだ全員の前で、アレクシアがバスケットの布を取り払う。


 そこには、魔界があった。


『こっこれは……!?』


 毒の沼がゴボゴボと泡を吹き上げ、その横では謎の人面樹が低いうめき声を上げている。蜷局を巻いた蚯蚓のような生き物がビクビクと脈打ち、腐った大地から何かが這い出ようとしていた。


 まさしくミニチュア化した魔界。


『余の故郷、暗黒大陸でもここまででは……っ!』


「可愛いでしょー?」


『か、可愛いっ!?』


「これなんて自信作なのよー」


 アレクシアが魔界に埋まっていた草を引き抜くと、『ギシャシャシャ!』と奇声を上げて人体を模した根っこが現れる。


「はい、どうぞ」


『どうぞ!?』


 これを食えというのか。この邪悪の限りを尽くして生み出されたであろう、この魔物を、生で。


 ザグギエルは思わずアルスを見上げるが、顔を逸らされてしまう。


 カナタを見ても苦笑いだ。助け船を出してくれる様子がない。


 他の二匹の毛玉は抱き合って震えていた。


『ご、御母堂、ちなみにこの化も──料理は何ですかな?』


「キャロットペーストを挟んだサンドイッチよ。クネクネしてて可愛いでしょう」


 サンドイッチはクネクネしない。激しく四肢を動かすその姿はどう見ても料理ではない。遙か東の果ての国には生きた小魚をそのまま食べる文化があるそうだが、おそらくここまでグロテスクなものではないだろう。


「はい、ザッくん、あーん」


 食うしかないのか。ここで断るという選択は取れないのか。


 ザグギエルはこれからのカナタの家族との関係やこの場の空気を読み、悩んだ結果。


『ええい、この余がこれしきのことで怯むと思うてか……! はぐっ!』


『食った!?』


『勇者か、そち!』


 気合いを入れてかぶりついたザグギエルに、二匹は驚嘆する。


 この世のものとは思えない断末魔をあげてザグギエルの口に入ったサンドイッチは、なおザグギエルの口の中で暴れたが、ザグギエルはそれを一心不乱に咀嚼して飲み込んだ。


『…………』


『ど、どうだ?』


『腹を突き破って出てこんじゃろうな』


 心配そうに覗き込んだ二匹を前に、ザグギエルは無言だ。


 そして、カッと目を見開いた。


『美味い!!』


『『ええええええええ!?』』


 フワフワとした食感に、自然な甘味のキャロットペーストが非常に合う。


 ほのかな酸味はオレンジの甘煮が混ぜてあるのだろう。食べた後の口をさっぱりさせて非常に爽やかだ。


「味は、本当に美味しいんです……」


 アルスがぽつりと言う。


「ただ、母は美的センスがおかしいのか、たびたびこのような謎の生命を生み出し、可愛い料理と称して……」


 ザグギエルに続いて、アルスも魔界から魔物を引き抜いて口に入れる。


「ああ、目をつぶって耳を塞いでいれば、本当に美味しい……。どんな魔術を使っているのか、栄養も素晴らしくて。自警団の皆さんも、母の差し入れを食べるようになって、見る見る体つきが良くなっていきましたし……」


 見た目以外は完璧な、愛情たっぷりの謎生命体。それがアレクシアの料理だった。


『なるほど、カナタが御母堂の料理を手伝っていたのはそういうことだったのだな……』


 熱心にアレクシアの手元を見ていたのは、余計なことをしないか見張るためだったらしい。


「ガハハ! 母さんの作るサンドイッチは最高だなぁ! 料理上手な奥さんをもらえた俺は世界一の幸せ者だぜ!」


「やだ、あなたったら」


 若い頃からアレクシアの料理を食べ続けたボルドーは、もう慣れてしまったのか、それとも心が壊れてしまったのか。


 サンドイッチたちの絶叫も気にせずバクバクと口に放り込んでいる。


『やはり御母堂もまたカナタの親と言うことか……』


 ザグギエルは悟ったようにつぶやき、腹の中から聞こえてくる絶叫に耳を塞いだ。



教会の目が届かない辺境に転移したカナタを、神聖騎士団が見失ってしばらくが経っていた。

一向に尻尾をつかめない現状に、苛立つストーカー騎士セオドリック。

そんな彼に、とある救いの手が差し伸べられる。

その手を差し伸べたのはいったい誰なのか!?


次回『邪女神様が見てる』

乞うご期待!

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『聖女さま? いいえ、通りすがりの魔物使いです!』が2020年3月10日にKADOKAWAブックスより発売されます!
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コミカライズも3月5日から配信決定!
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― 新着の感想 ―
[良い点] 75話だけは諸星大二郎先生に漫画化依頼してくれたらとっても笑えるんと思う。
[一言] お、お腹の中でも絶叫してるんですか……? (( ;゜Д゜))ブルブル
[良い点] 弟くん以外家族クセ強いw
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