74話 開墾する
いくぞ! ザグギエル! フェンリル! エリザヴェト! ジェットストリーム抜根だ!
翌朝、照りつける太陽が眩しいなか、カナタたちは農作業に精を出していた。
「よいしょー」
気楽なかけ声とは裏腹に、メリメリと凄まじい音を立てて巨大な切り株が引き抜かれていく。
「ほいっと」
牛三頭で引かなければならない切り株を、カナタは頭上に持ち上げて、そのまま放り投げる。
そこには同じように引き抜かれた切り株や掘り起こされた岩石が山のように積まれていた。
「いやー、カナタ様が帰ってきてくれて、助かって仕方がねえやなぁ」
「おらたちじゃ、ここまで開墾するのに一年はかかっただろうなぁ」
麦わら帽を被って農具を担いだ村人たちが、カナタの働きに感謝している。
カナタの剛力には慣れたものなのか、感心はしても驚いている者はいないようだ。
「次はこれを抜いたら良いですかー?」
「たのんますー」
開墾を邪魔をする次なる切り株にカナタは手をかける。
主人が元気に働く一方、従者である三匹は何をしているかというと──
『このっ、くそっ、この雑草めがぁぁぁぁっ!!』
『動けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!』
『妾に逆らうとはなんという不届き者じゃぁぁぁぁぁっ!!』
毛玉三匹は力を合わせて雑草を引き抜こうとしていた。が、非力な三匹はそれすら抜けそうにない。
縦一列に並んで、綱引きよろしく引っ張るが、雑草はびくともしなかった。
『はぁはぁ……何という非力さか……。貴公ら、このような様ではカナタの従魔としてふさわしい働きは出来ぬぞ……』
『それは貴様も同じだろうと言いたいところだが、そこばかりは同感だ……』
『のう、元の姿に戻れば良いのではないのか? そちどもは魔王に神狼じゃろう。妾とて屍姫と呼ばれた真祖なのじゃぞ。この姿に拘る必要がどこに……』
『『ある!!』』
『にゅおう!?』
力強く言い換えされて、エリザヴェトはひっくり返った。
『カナタはその意味があると、常に己自身が体現して言っている!』
『現状の己に満足するなと!』
『常に最強を更新し続けろと!』
『この弱き姿で力を付けたとき、余らは立ち塞がる壁を突破できるのだと!』
息を揃えてフェンリルとザグギエルは力強く語った。
『お、おお、あるじ様がそのようなことを……』
言っていない。
カナタは一言たりともそんなことは言っていない。
しかし勘違いと思い込みによって、誤解は広がり続けているのであった。
『そういうことならば、仕方がないのじゃ。妾もこの姿のままさらなる強さを手に入れてみせるのじゃ!』
『貴公も分かってくれたか!』
『よおし、力を合わせてもう一度だ!』
『せぇのぉ、なのじゃああああああああああ!!』
雑草一本抜くのに、この盛り上がりよう。
滑稽極まりない姿だが、カナタから見ればそうではなかった。
「はぁはぁ、頑張るザッくんもフェンフェンもエリたんも、みんな可愛いよう……はぁはぁ……!」
三匹の極上に愛らしい姿に、カナタの作業スピードも加速する。
日が高く登る頃には、見渡す限りの土地の開墾作業が完了していた。
『やったぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!』
『うおおおおおおおおっ! 我らはやり遂げたのだぁぁぁぁぁぁっ!!』
『妾たちの勝利なのじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』
数時間の奮闘の末、雑草を引き抜けた三匹が感動して抱き合い涙している。
「うんうん、良かったねぇ良かったねぇ」
そんな三匹をさらに抱き上げ、カナタはチュッチュッと三匹にキスの雨を降らせた。
ちなみにカナタは開墾だけではなく、耕すことさえ終えてしまっている。
しかし、カナタにとって自分の成果よりも三匹がそろって目標を達成したことが何よりも嬉しかった。
正確には目標を達成して喜ぶモフモフたちの姿に興奮していた。
そんな感動的(?)な光景に、村人たちが声をかける。
「おーい、カナタ様ー! 昼飯にすっべよー!」
「はーい!」
先に木陰で涼んでいた村人たちのところへカナタも向かう。
昼は農家の奥方たちが大鍋で煮てくれた、根菜を中心にしたスープだ。
一見すると黒いスープは不吉な印象を与えてくるが、器にすくえば透き通った琥珀色へと変化した。
このスープに使われている調味料は、カナタが幼い頃に前世の味を求めて、麹と豆から作り出した醤油だ。
発酵にさえ成功すれば、大豆を使わなくとも家畜の肉からでさえ醤油は作れてしまうが、カナタはあえて大豆に近い豆から作り出した。なぜなら味噌も欲しかったから。
前世では最後まで病院から出られなかったカナタだが、日本の味は忘れられなかったようだ。
カナタが醤油と味噌を開発した結果、それが領民にも好評で、この辺境では和風の食事がよく供されるようになった。
「カナタ様たちは良く頑張ってくれたから、大盛りだよー」
「わーい!」
『感謝する』
『かたじけない』
『ふん、田舎料理のくせに美味そうなのじゃ』
カナタたちは三匹と一緒に木陰に腰掛け、根菜スープを食べる。
醤油ベースのスープは塩気が効いていて、汗をかいた体には良く染みた。
「美味しいねー」
『うむっ』
『これは美味いっ』
『美食など食い飽いた妾が初めて食べる味じゃ! 素朴じゃがなんと奥深いっ』
カナタたちによって開墾されて耕され、遠くまで広がった畑。
肥料を撒いて種を植えて水をやって、雑草や虫を取り除いて、やることはまだまだたくさんあるが、本日の成果をみんなで眺めて食べる食事は絶品だった。
「俺らの土地ながら、畑以外なんにもねぇなぁ」
食事をしながら、村人の一人がつぶやく。
「ドが付くほどの田舎だからしょうがねぇべ」
剣神ボルドーが領主として治めるこの辺境は、ろくな産業もなく都会に比べれば全くと言って良いほど発展していない。
ただ土地が肥えていて農産物だけは良く採れた。
ボルドーが無欲なため、必要以上の税を取ることもない。
領民たちも無理に農地を広げることもないのだが、カナタという人間重機が帰ってきたのが良いタイミングと言うことで、久しぶりに開墾を行うことになったのだった。
「カナタ様が思いついたものをたくさん作って都会へ持って行けば、儲かるだろうになぁ」
「特産品にしようと思えばいくらでもあったかもしれんが、ボルドー様も無欲なお方だからなぁ。無理に儲けようとはせんだろうよ」
「ばかもん。ボルドー様が領主になって以来、この貧乏な辺境で飢える者なぞおらん。冬に死人も出んし、アレクシア様のおかげで病人すらもう何年も見とらん。わしら爺から見たら、奇跡のようなことなんじゃ。わしらの領は金はないが豊かなんだべ」
家では地位が最底辺のボルドーだが、領民には尊敬されているようだ。
『うむ、あのお方は会ったときから、ただ者ではないことは分かっていた。さすがはカナタのお父上だ。我も為政者として見習わねばならぬ』
と、魔王からも尊敬を集める領主ボルドーは現在何をしているかというと──
「パパはお妾さんが欲しいと言うことなのかしら……?」
「ち、違うんですぅ……。カナタちゃんの仲間たちと仲良くなりたくてぇ……。男友達と仲良くするには猥談するのが一番でぇ……。信じてアレクシアちゃぁん……」
エリザヴェトに対するあれこれで、奥さんに詰められていた。
愛され了領主(笑)のボルドーは、久しぶりに息子に稽古をつけてやる。
上位存在の女神すら追い返す力量を持つアルスを相手に、果たしてボルドーはまともに戦えるのだろうか!?
次回『カナタちゃんが参戦するのは反則でしょぉ?!』
乞うご期待!






