69話 ギルドに相談する
ギルドも頑張ってるんや……。
『しかし、困ったことになったな。大して強くもないとは言え、これから先も騎士どもに追われるのは厄介ではないか。来るたびにカナタの手を煩わせることになる』
『まったく、新入りも余計な敵を増やしてくれたものよ』
『それに関しては、言い訳のしようもないのじゃ。しかし、今まで放っておいたものを何故今更になって退治しようと思い立ったのじゃろうな』
『貴公に心当たりはないのか』
『あるわけないのじゃ。妾は千年城に籠もっておったのだぞ』
『筋金入りの引きこもりか』
『うっさいのじゃ。そち、言うたではないか。あの娘が妾を退治されないようにしてくれたと』
『流石に千年も経てば、聖女の命令も効果が薄れたという可能性もあるな』
『たかが千年程度で聖女様の神聖なる沙汰を忘れるとはなんたることか』
馬車の荷台で、三匹は顔をつきあわせて相談していた。
三匹の毛玉が固まってもぞもぞと動く様子は、カナタ垂涎の光景だった。
『カナタよ、一つ思いついたのだが』
「ん? なぁに?」
よだれを垂らして、三匹を眺めていたカナタが答える。
『我らは魔物使いであるカナタの従魔だろう?』
「うん、大切な仲間だね」
『であれば、我らはカナタの財産と言うことになるのではないか?』
魔物使いはハズレ職と言われるほど、なり手がいない最弱の職業だが、その身分は冒険者ギルドを通して国家にも保証されている。
魔物使いがその一切の責任を負う限り、魔物を街中まで連れ歩いても罪に問われないというものもその一つだ。
ザグギエルはその保証の根本に、従魔が魔物使いの財産であるという認識にあると考えた。
『そうなれば、エリザヴェトを狙うやつらは、カナタの財産を奪おうという強盗ということになる。訴えれば正式に処罰できるのではないか』
「おおー。ザッくん賢い」
『ふっ、それほどでもない』
カナタに頭を撫でられ、ザグギエルは得意げになった。
『くっ、知略ではやはり魔王には及ばぬか……』
『妾はいつの間にかあるじ様の財産にされてしまったのか……。胸がときめくのじゃ……』
「一度ギルドで確認した方が良いかな」
『うむ、そうした方が良かろう。上手くすれば、騎士たちの行動をそこで止められるやもしれん』
「メリッサさんのところへしゅっぱーつ」
次の街にも冒険者ギルドはあるだろうが、カナタは自分の担当者であるメリッサに相談するのが一番だと判断した。
魔法を展開し、馬車ごと王都にある冒険者ギルドの前に転移する。
突然現れた馬車に通行人はびっくりした様子だが、乗っているのがカナタであることに気がつくと、ああまたかという顔をして去って行った。
カナタはこれまでにも何度もギルドへ転移魔法で訪れており、王都民にはわりと見慣れた光景となっていた。
何より、カナタは王都の救い主だ。文句を言う者などいるはずもなかった。
「メリッサさーん、こんにちはー!」
「ひ、ひぃっ!?」
「ひぃ?」
「い、いえ、失礼しました」
来るたびに仕事を増やすカナタに、メリッサは若干のトラウマを植え付けられていた。
こほんと咳払いし、居住まいを正したメリッサは、にこやかな受付スマイルでカナタを迎える。
「こんにちはカナタさん。本日はどのようなご用件ですか?」
「実は──」
カナタはこれまでの経緯をメリッサに説明した。
フェンリルとエリザヴェトという、新たに増えた従魔を登録しながら、カナタから一件の事情を聞く。
そして、事情を聞き終えたメリッサは難しい顔をした。
「おっしゃるとおり、魔物使いが管理する魔物は、魔物使いの財産として扱われます。人に危害を加えない限り、他者が勝手に魔物使いの魔物を退治するのは違法で、他の組織に所属しているものであろうと国からの処罰対象になります。ただ……」
「ただ?」
「神聖教会は、ギルドの権力が及ばない組織でもあるのです。【職業】の選定は神聖教会の協力がなければ不可能ですし、その権力はとても大きいのです」
職業の恩恵は大きい。全く同じ体格をしていても、職業がない状態と【戦士】の職業を得た者では腕力から数倍の差が出てくる。
この大事な職業選定を司る神聖教会は、半ば国家権力に縛られない存在だ。
「こちらから圧力をかけることはもちろん出来ますが、神聖教会の聖騎士団と言えば、不死殺しのためなら何でもするキ──失礼しました。信心深い彼らが冒険者ギルドの圧力程度で行動を止めるとは思えません」
「そうですか……」
「お力になれず申し訳ありません……。ただし、彼らを負傷させてもカナタさんが正当防衛であることは冒険者ギルドが証言しますので、そこはご安心ください」
つまり、襲われたら容赦はいらないからぶっ飛ばしてしまえ、とメリッサは言っているのである。
根本的解決にはならないが、とりあえず道中は警戒して進めばカナタの強さなら問題はなさそうだ。
「うーん、でもエリたんにもしものことがあったら心配だなぁ……」
『妾のことを心配してくれるのか?』
「当たり前だよ。エリたんのモフモフを汚そうとする人たちは許さんのです」
『あ、あるじ様、そこまで妾のことを思って……! 結婚するのじゃ?』
『『させんと言っておろうが』』
と割り込むザグギエルとフェンリル。
「神聖教会の上層部に伝手でもあれば、何とかなるとは思うのですが……。さすがの聖騎士団も同じ教団から言われれば無視できないでしょうし」
「なるほど」
「でも、そんな伝手なんてありませんしね」
「ありますよ」
「あるんですか!?」
驚いて、メリッサはまだ処理が済んでいない報告書を思い出した。
神聖教会の本部がある聖都ローデンティア。そこで起こった大事件のことを。
突如、神聖教会の聖堂が破壊され、中から白い怪物が現れたという報告だ。
その怪物は居合わせた少女に倒され、怪物に取り込まれていた聖女マリアンヌ・イシュファルケが救い出されたという。
聖女は感激し、神聖教会から少女を称える宗派を新興したとまで言われている。
聖都はギルドの支配圏が及ばない地域のためまだ噂話程度のものだが、王都にまでその評判は届いている。
すでに冒険者ギルドから調査員が派遣され、詳しい事情を調べているところである。
しかし、まさかとは思うが、そのとき居合わせた少女というのは──
「カナタさんじゃ、ありませんよね?」
嫌な予感がしつつも、えへっと笑ってメリッサは問うた。
「わたしですね」
えへっと笑ってカナタは答えた。
メリッサは机に突っ伏した。
「そうですか……」
メリッサは机に突っ伏したまま首を横に向けて、滂沱と涙を流した。
これでカナタの担当者であるメリッサが報告書をまとめることが確定した。つまり仕事が増えた瞬間だ。
担当した冒険者の成果は、担当者の評価にも繋がる。
メリッサの出世の日は近い。なお、本人は出世など全く望んでおらず、後輩に仕事を引き継ぎ終わったら冒険者に復帰するつもりである。
カナタの担当者である限り、その日はとても遠そうだが。
しかし、いつまでも凹んではいられない。
メリッサは気を取り直し、カナタに向き直る。
「もし神聖教会の聖女様に謁見できるのであれば、これ以上強い圧力はないと思います。ぜひ相談してみるのが良いかと」
神聖教会の聖女と言えば、絶対権力をもつ法王と同レベルの権限を持っている。
妄信的で過激派の聖騎士団も、聖女から直接注意されてはおとなしくせざるを得ないだろう。
「ありがとうございます、メリッサさん。早速行ってきますね!」
「いえいえ、冒険者のサポートが私どもの仕事ですから」
手を振ってギルドを出て、馬車と一緒に転移するカナタに、メリッサは手を小さく振り返しながら、仕事が増えないと良いなぁと思っていた。
その背中を見ていた後輩のベラは、仕事が増えるんだろうなぁと思っていた。
ギルドの権力も及ばない、世界規模の大教団、神聖教会。
その神聖教会に所属する聖騎士団。
ならば、その象徴たる聖女から注意されれば大人しくなるだろうという予想は果たして上手く行くのだろうか。
次回『勝手にモフモフ教を作ったことがバレてる!』
乞うご期待!






