64話 吸血鬼を助ける
サラマンダーより、ずっとはや(ry
「わぁ、フェンフェン速ーい!」
『夜の街道など、この神狼の眼の前には、昼間と変わりありませんな!』
神狼と融合し、本来の姿を取り戻したフェンリルが、暗い夜道を軽やかに駆け抜ける。
重い馬車を軽々牽いてのける脚力は、カナタを背中に乗せた程度で鈍りはしない。
『くっ、我も魔法を用いればカナタを抱いて空を駆け抜けられると言うのにっ……!』
カナタの頭の上でザグギエルは悔しがる。
ザグギエルが元の姿に戻ると、カナタの機嫌が露骨に悪くなるので、よほどのことがない限り変身しないことにしているのだ。
『残念であったな魔王! 今カナタ様を背に乗せているのはこの我だ! 貴様はそこでカナタ様の頭を温めているが良い! 湯たんぽ代わりが貴様には似合いだ!』
『くっ! くっ!』
勝ち誇るフェンリルにザグギエルは歯噛みする。
「ふふふ、上もモフモフ、下もモフモフで最高だよー」
主であるカナタは、上下から異なる感触のモフモフに挟まれてご満悦だ。夜風の冷たさなど二匹のぬくもりのおかげでまるで堪えない。
なお、地を駆けるフェンリルよりも、空を舞うザグギエルよりも、カナタが走るのが一番速いので、二人が能力を競い合うことは無意味であることは置いておく。
『ごほん……そこの駄犬は放っておいて、カナタよ』
「なぁに、ザッくん」
咳払いをしたザグギエルを撫でながら、カナタが頭上を見る。
『宿で古城の話をしていた客の中に気になることを話していた者がいたのだ』
その宿泊客いわく、今朝方、カナタたちよりも早く古城へ向かった一団がいたそうなのだ。
彼らは純白の鎧に身を包んだ騎士たちで、神聖教会より派遣されてきたと言っていた。
神聖教会と言えば、フェンリルを捕らえていた偽聖女マリアンヌが率いる世界最大の宗教団体だ。
しかし、女神に切り捨てられところをカナタに救われたことで、マリアンヌは改心した。
そして神聖教会はモフモフ教へと名を改めることになったのだ。
しかし、そうなってからまだまだ日が浅い。
巨大な教団ゆえにその命令が広まるまでにも時間がかかるだろうし、トップが布令を出したからといって、急な方針転換に従えない者もいるだろう。
改心する前のマリアンヌは女神に命じられるまま、各地に悪意の種をまき、それを自らの教団の騎士たちに解決させることで人々の信仰を集めるマッチポンプを行っていた。
ザグギエルは今回のこともそうなのではないかと疑っているのだ。
「おおー、さすがザッくん。相変わらずかしこだねー」
『ふっ、そこの走るだけが能の駄犬とは違うからな 知略を持つからこその魔王の称号よ』
『くっ! くっ!』
今度はフェンリルが悔しがる番だった。
『まずは古城へ行ってみなければ始まらないが、用心するに越したことはないぞ、カナタよ』
「はいっ、分かりました!」
『うむ、気持ちの良い返事である』
フェンリルに乗ったカナタは風のように夜道を駆け抜け、あっという間に目的の城までたどり着いた。
お化けが出るという噂の古城はいったいどんな様子なのだろうと、カナタたちは城を見上げ、ぽかんとなった。
「燃えてるねー」
『燃えておるな』
『燃え盛っておりますな』
古城は大炎上していた。
石造りの城がここまで燃えるには、油でも撒かなければ難しいのではないだろうか。
どう見ても自然に発火したようには見えなかった。
『神聖教会の騎士たちが火を付けたのでしょうか』
伏せの姿勢を取って、カナタを背中から降ろしたフェンリルが言う。
燃え上がる古城は炎の熱でやけ崩れていく。
「あっ」
カナタが小さく驚いた声を上げた瞬間、古城の壁が爆発するように崩れ、中から炎の塊が飛び出してきた。
黒煙の尾を引きながら、炎の塊は放物線を描いて、カナタから少し離れた場所へ落ちてきた。
『お下がりくださいカナタ様!』
『むぅっ! こやつは……!』
フェンリルがカナタを守るように立ち塞がり、ザグギエルがカナタの頭の上で毛を逆立てる。
炎の塊は肉の焼け焦げる音を発しながら、少しずつ鎮火していく。
そこには全身を炭化させた女の姿があった。
元は美しい金髪であったろう髪は焼け縮れ、豪華なドレスであったろう衣服はほんの一部が肌に張り付いているだけになっている。
とてもではないが生きてはいられないほどの重傷だ。
「ぐ……うぅ……」
しかし、女は生きていた。
うずくまっていた姿勢から、上半身だけをなんとか腕の力で起こす。
そして、カナタと目が合った。
女は目を見開き、大げさなほどに驚愕しているようだった。
「……に、人間の娘、じゃと……! なぜかようなところに……!」
炎で喉が潰れたのか、老婆のように嗄れた声で女は驚く。
「小娘……! 死にとうなければ、今すぐこの場から──」
「追い詰めたぞ! 邪悪な吸血鬼め!」
女の声を遮るように、騎士の一団が鎧を鳴らして駆け寄ってきた。
後を追うように城から出てきたところを見ると、彼らが城に火を付け、この女を襲撃したのだろう。
「ちぃっ……!」
女は忌々しげに舌打ちすると、カナタから騎士たちの方へ向き直った。
「妾の城に火を放ち、あまつさえ妾の玉肌に傷を付けようなど……! 妾の眠りを妨げた罪は重いぞ、覚悟はできておるのじゃろうな……!」
女は大仰に怒りをまき散らした。まるで自分へと注意を引きつけるように見えるのは気のせいだろうか。
「黙れ吸血鬼め! 貴様に安息の地など必要ない! 今この場で灰に変えてくれる!」
騎士たちは槍を構え、切っ先を女に向ける。
「待て! 他にも誰かいるぞ!」
城の炎が巻き上がり、騎士たちはカナタたちの存在に気がついた。
「な、魔物!? 狼型か! デカいぞ! 注意しろ!」
「仲間がいたとはな! だが、それで怯む我ら神聖騎士団ではない! もろともに滅してくれる!」
騎士たちの殺気が、女だけではなくカナタたちにまで向けられる。
「ま、待て……! こやつらは、違う……! 妾の仲間などでは……!」
「黙れと言っている!」
炎に魅せられたのか、騎士たちは興奮状態だ。カナタが何かを説明したところで聞いてくれるとは思えなかった。
「や、やめよ……! この娘は関係ない……!」
騎士の槍がカナタの方を向き、女がとっさにカナタとの間に割って入る。
やはり仲間かと、騎士たちはカナタごと貫こうと槍を突き出した。
『カナタ様!』
『カナタ!』
緊張が走る中、カナタは顎に指を当てて考えていた。
この女性はどう見ても人間ではない。ここまでボロボロになっていても死なず、騎士たちからは吸血鬼と呼ばれていた。
一見すればこの吸血鬼が悪で、騎士たちはそれを退治しに来た善良なる者だろう。
しかし、女は会ったばかりのカナタを逃がそうとし、今は騎士たちの槍から身を挺して守ろうとしてくれている。
そして何より──
「あのふわ髪、元は相当なモフ度と見ました。わたしのセンサーがモフ度一〇〇〇は固いと言っています」
カナタの視線は無惨に焼け縮れてしまった女の髪に向けられていた。
こんなときでもカナタはカナタであった。
両手を広げて槍から守ろうとしている女を、カナタは後ろから抱きしめる。
「もふもふなあなたを、わたしは信じます」
「な、何を?」
驚いて振り向く女に微笑み、カナタは防護魔法を発動させる。
対吸血鬼用祝福儀礼済みの銀槍が、カナタの魔法によって生み出された壁に遮られる。
「あと、あっちも」
カナタは燃え盛る古城の上を指さす。
途端、空気が重く渦巻き始め、上空に暗雲が立ちこめ始めた。
「雨々ふれふれー」
カナタの力ある言葉に呼応して、古城の直上に発生した暗雲から豪雨が降りそそいだ。
森にまで燃え広がるほど燃えていた古城の火災を、滝のような雨があっという間に弱まらせていく。
このまま降り続ければ、数分とかからず炎は鎮火されるだろう。
「なっ、これは……!?」
「ま、魔法なのか……!? こんな大規模な魔法見たことがない……!」
騎士たちは驚愕する。
必殺の槍をいとも容易く防ぎ、片手間に大魔法もかくやと言わんばかりの豪雨を発生させたカナタの圧倒的力量に騎士たちは後ずさった。
『ふん、話を聞かぬ無礼者どもが。貴様らの槍がカナタに届くなどあり得ぬと思え』
何一つ防御に貢献していないザグギエルが鼻を鳴らす。
『くっ、本来ならば我が盾にならねばならぬところを……』
特に手柄を取られたわけではないのだが、フェンリルは悔しげに尻尾を垂らした。
なお、ふたりとも豪雨の余波に当てられ、びしょ濡れの有様だ。
「はわわ、みんな風邪引いちゃう。とりあえずここから移動しようか」
濡れ鼠になった二匹のモフモフに少しだけ胸を高鳴らせながらも、未だ豪雨が降り続けるこの場を離れようとするカナタ。
「ま、待て! 逃がさぬぞ! 怪しい魔女め!」
「その吸血鬼を連れていくなど許さぬ! ここで滅ぶが良い! 異端者め!」
これだけの力量を見せられて、未だカナタに挑もうというのは、強い使命感によるものなのか、それともただ彼我の差が理解できない愚かさなのか。
はたまた、騎士たちに命令を与える者が、カナタに対する畏怖を上回る恐怖をもたらしているのか。
周囲を囲まれ、たくさんの槍の穂先を向けられて、カナタは答えた。
「いやでーす」
気の抜けた返事とともに、カナタたちの足下に魔法陣が浮かび上がる。
「何かする気だぞ! 全員で突け!」
騎士たちが一斉に槍を突き出し、しかしその瞬間にはカナタたちの姿はその場からかき消えていた。
ボロボロになった吸血鬼を助けたカナタたち。
高慢に振る舞い、自分を見捨てさせようとする自虐的な吸血鬼に、カナタは自分の血を差し出す。
その献身を見た吸血鬼はどう感じ、どう行動し、どうなるのか!?
次回『吸血鬼がモフじゃないなら、モフにしてしまえば良いじゃない』
乞うご期待!
次回からしばらく一日置きの更新になります。






