第59話 天使からすくい取る
「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」
怪物が力を込めると、それだけで魔力が膨張し、空間が爆発し、聖堂の天蓋を吹き飛ばした。
その様子を外から見ていた聖都の住民たちが悲鳴を上げる。
そして爆発した聖堂の中から、翼を羽ばたかせて現れた者がいた。
「な、何だあれは!?」
「怪物だ!!」
「どうして大聖堂から怪物が出てくるの!?」
突如出現した、純白の悪魔の姿に民はパニックに陥った。
怪物は聖都で最も高い建物の天蓋を突き破って現れたのだ。カナタに付いてきた人々だけでなく、聖都中の人間が目撃していた。
『なんという攻撃力だ。魔力を放出しただけで建造物を破壊するなど……』
『カナタ様が障壁で守って下さらなければ、無事では済まなかったかも分からんな……』
障壁を張り、上に飛んで爆発の衝撃を逃したカナタたちが、崩れかけた聖堂の屋根に着地した。
ザワザワという民の騒ぎ声が聞こえてくる。
『このままではあそこにいる者らにも被害が出かねんぞ』
『我らがここで逃げれば、あの者らが犠牲になる、か』
「……なんて固そうな羽なの……ひどい……どこにもモフがない……」
空気感の違う主従であったが、純白の悪魔には関係がない。
「GYAOU!!」
翼を大きく拡げたかと思うと、その巨体からは信じられない速度で突っ込んできた。
狙われたのはカナタだ。
核となった聖女マリアンヌの怒りなのか、それとも女神による命令なのか、純白の悪魔の狙いは完全にカナタに定められていた。
振りかぶった拳が障壁に叩きつけられる。
オーガの攻撃を防ぎ、聖騎士団を押しのけ、魔力の爆発からもカナタの身を守った障壁が、純白の悪魔の拳を受け止め、ガラスのように砕けた。
『カナタ!』
『カナタ様!』
カナタの防御が貫かれたのをふたりは初めて見た。
「GYAOOOO!!」
障壁を砕いた悪魔は、間髪入れずもう片方の腕を振り上げ、更に振り下ろす。
砕けた障壁の中を悪魔の拳が突き進み、カナタに触れる直前に新たな障壁がその一撃を防いだ。
「大丈夫だよー」
カナタは心配するザグギエルとフェンリルに笑顔を向ける。
悪魔が拳を叩きつける度に、障壁は一枚ずつ砕かれていく。しかし、壊される度にカナタが新しい障壁を作るため、攻撃は一向にカナタに当たらない。
「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」
悪魔は怒りを露わにし、我武者羅に拳を叩きつける。
その速度は瞬きする間に数百という数に迫り、しかしそれをしのぐ速度でカナタの障壁が生成されていく。
殴る殴る殴る。
防ぐ防ぐ防ぐ。
攻撃の余波で大聖堂の屋根はめくれ上がり、美しかった聖堂が徐々に崩れていく。
しかし、カナタにはそよ風一つ届かない。
「GYA、GYAOOOoo……」
無限の魔力を内包していると思われた悪魔の攻撃が徐々に弱まってきた。
障壁を砕くことも出来なくなり、悪魔は根負けして膝を突く。しかしカナタの障壁の生成速度は止まらない。
大きく成長した障壁に弾き返されて、悪魔は半壊した屋根の上を転がった。
疲労困憊した悪魔は起き上がることも出来ずにいる。
「じゃあ、今度はこっちの番だね」
その言葉を聞いて、悪魔は震え上がった。
しかし魔力を使い切り、疲れ切った体は動こうとしない。
「ふーむ、なるほどなるほど」
カナタは悪魔の周囲を回りながら、何かを観察し始めた。
「ここかなー」
そして、おもむろに両手を貫き手の形にして悪魔の胴体に突き込んだ。
「GYAO!?」
カナタの貫き手が体を貫いたにもかかわらず、悪魔はダメージがないことに困惑した。
「でもって、こう」
カナタは悪魔の体の中の何かをつかみ取った。
それを壊さないよう、魔力を操作して慎重に集めていく。
「よし、こんな感じ!」
カナタが力を込めると、悪魔の体に亀裂が走り、そこから強い光が漏れ出してくる。
そして閃光が晴れたとき、そこには悪魔の抜け殻と、気を失った全裸のマリアンヌがカナタの腕に抱かれていた。
『な、なんと……!?』
『完全に融合を果たしていた怪物から、この女だけを再構成したのか……!』
フェンリルとザグギエルが驚愕する。
「よいしょ。うん、気を失ってるだけだね」
カナタはマリアンヌの無事を確認する。
その奇跡のような光景は、戦いの行方を見守っていた聖都の民全員が目に収めることになった。
「か、怪物が消えて、中からマリアンヌ様が!」
「怪物はマリアンヌ様だったのか……!?」
「違うよ! きっとマリアンヌ様はあの怪物に操られていたんだ!」
「そうか! それを真の聖女さまが助け出したんだ!」
「すごい! 怪物を退治するだけじゃなく、その中に囚われていたマリアンヌ様まで救助するなんて! やはり彼女こそが真の聖女なんだ!」
「「「聖女様! 聖女様! 聖女様ー!!」」」
「あ、この人の髪柔らかーい。そんなあなたには十モフあげましょう」
カナタは人々からの大歓声など聞いておらず、助け出したマリアンヌの髪をなで繰り回す。
『カナタはいつでもどこでも変わらぬのであるなぁ』
『人々の称賛など求めない。常に自分の心の正義に従って生きる。それでこそ、カナタ様です……!』
カナタを褒め称える声は、日が沈むまでやむことはなかった。
天使の姿をした悪魔を瞬殺し、完全に融合した聖女マリアンヌを分離させて助け出したカナタ。
助けられたマリアンヌはカナタに対していったいどういう思いを抱くのか──
次回『お信仰しておりまぅぅぅぅぅっ!』






