第56話 教会を蹂躙する
「なんですって!?」
慌てて駆け込んできた聖騎士の知らせに、マリアンヌは驚愕した。
聖都最強の聖騎士団を送り込んだにもかかわらず、くだんの少女には指一本触れることができなかったというのだ。
「そ、そんな馬鹿なことが……」
「お邪魔しまーす」
ハキハキとした声で入場を知らせる声と共に、固く閉じられた大聖堂の大扉が、酒場のスイングドアのような気安さで開かれる。
「ひ、ひぃっ!?」
ここに来るまでに散々カナタの恐ろしさを味わった聖騎士たちは怯えて後ずさる。
「……情けない。これが終わったら、あなたたちは聖騎士解任です」
マリアンヌもまた一瞬怯んだものの、自分の優勢は変わらないと高笑いした。
「異端の魔女よ。良くもやってくれましたね。ですが、ここは神聖教会の大聖堂。女神様のご加護が降りそそぐこの場所で好きにできるとは思わないことですね」
マリアンヌは祈りを捧げる。
祈りは大聖堂に仕掛けられた大魔法の術式を発動させ、大聖堂に吊された巨大なシャンデリアが明滅する。
「神罰執行!!」
マリアンヌがカナタを指さすと、シャンデリアから幾筋もの雷が落ちてくる。
凄まじい雷撃は周囲にいた聖騎士まで巻き込み、床を剥がすほどの威力でカナタたちを舐め尽くした。
黒焦げた匂いが立ちこめる。
直撃を食らっていない騎士たちは鎧を焦がし、ピクピクと痙攣しながら泡を吹いている。
シャンデリアの真下にいて、雷撃を一身に浴びたカナタは──
「うわわ、ザッくん、フェンフェン、凄いことになってるよ!」
『む、なにやら全身がチクチクしておる』
『電気で毛が逆立ってしまったのか』
「ぼ、ボワボワのモフモフ……! 可愛すぎるっ!!」
雷撃の余波でボールのように毛が逆立った二匹に、カナタはキュンキュンした。
もちろん、被害は皆無である。服の一つも焦げていない。
「そ、そんな、あの雷撃を受けて無傷なんて……!」
あれはただの雷撃ではない。神の力を用いた本物の上位魔法だ。いかなる生物であろうと、あの雷撃の前には無力なはず。
「神が彼女を攻撃すべきではないと言ってるんだ……! やはりあの人こそ本物の聖女なんだ……!」
神聖教会を代表する聖女マリアンヌの前で、よくそんなことが言えたものだ。この聖騎士は解任だけでは済まさない。
マリアンヌはそう決めて、踵を返した。
「あなたたちはここを死守しなさい」
「ま、マリアンヌ様!?」
「どこへ!?」
狼狽える聖騎士たちを置いて、マリアンヌは次の罠を発動させる準備をする。
この大聖堂に仕掛けられた対侵入者用の術式はいくつもある。
どれも必殺の一撃だ。
先ほどの雷撃をどうやって回避したかは分からないが、奇跡は二度も三度も起きるものではない。
「次で仕留めて上げますわ……! わたくしの城で好き勝手できると思わないことですね……!」
好き勝手された。
それはもう、好き勝手に大聖堂を蹂躙された。
マリアンヌが用意した罠はそのことごとくがカナタに通じず、わずかに足を止めることさえできない。
本来ならばマリアンヌと大聖堂を守らねばならない聖騎士たちは、すっかり怖じ気づいてカナタに降伏していく。
火炎、吹雪、猛毒、呪詛、催眠。あらゆる攻撃がカナタには通用しない。
カナタを守る障壁が、その一切を遮断してしまうのだ。
「そんな……! 嘘よ、うそ、うそうそ……!」
マリアンヌは絶望と混乱の中、必死でカナタから逃げ回っていた。
「どこへ行こうというのかねー」
ふはははー。とカナタは笑いながら、悠々と歩いて追いかける。
「はぁっ……はぁっ……、ば、化物っ……!」
マリアンヌは足をもつれさせながら大聖堂の上階へ逃げる。
「最上階に着きさえすれば……!」
最上階のマリアンヌの自室には奥の手があった。
女神から与えられた、最高の武器だ。
あれさえあれば、この怪物のような少女でさえ、屠れるはずなのだ。
「目に物見せて上げるわ……!」
「何を見せてくれるんですか?」
「ひぃっ!?」
階段の途中で、ついにカナタに追いつかれてしまった。
腰を抜かしたまま、逃げようとするマリアンヌ。
「い、いや……! 来ないで……!」
「分かりました」
「えっ?」
「道をお尋ねしたかったんですけど、自分で探すことにしますね」
そう言うとカナタは、軽やかに階段を下りていった
「どういうことなの……? いえ、今は最上階を目指さないと……! 見逃したことを後悔させて上げます……!」
マリアンヌはカナタの不可思議な行動に驚きながらも、最上階の自室を目指して這いつくばりながら階段を上った。
腰が抜けたまま、無様に自室までたどり着いたマリアンヌは、奥の手を発動させる。
「目覚めなさい、天使たちよ!」
マリアンヌの呼びかけに、部屋の壁に飾られていた二体の巨像が軋むように動き始めた。
翼を生やした天使の雄々しい石像だ。
神より天使の概念を与えられたこの二体の守護者ならば、あの化物のような少女が相手でも負けるはずがない。
神の力に、人間が敵うはずがないのだ。
「いつでも、かかってきなさい……!」
マリアンヌはカナタがやってくるのを待った。
「…………」
待ち続けた。
「…………」
抜けていた腰が戻って、お茶を一杯煎れる時間ができても、待ち続けた。
「…………。……な、なぜ来ないのですっ!?」
カナタの圧倒的な力に恐怖し、逆転の一手を用意し待ち構えるマリアンヌの元に、カナタは来なかった。
彼女らはいったい何を──
次回『フェンフェン(本体)をゲットしたので帰ります』






