第50話 対抗しあう
カナタたちの旅は非常に順調だった。
『ぬおおおおおおお!』
『むおおおおおおお!』
「おーえす! おーえす!」
ロープを咥えたザグギエルとフェンリルが懸命に踏ん張っている。
二匹が引っ張る先には泥沼に車輪を取られて困っている馬車があった。その後ろには同じ隊商の馬車がずらりと並び、立ち往生していた。
隊商の全員で沼にハマった馬車を引っ張るが、思ったよりも沼は深く、なかなか思うように引っ張り上げられない。
そこへ通りかかったのがカナタたちだった。
『微力ながら、我らも手伝おう』
『非力な人間どもに魔族の力を見せてやる』
そう言ってザグギエルとフェンリルはロープを引っ張る隊商の面々に加わり、微力で非力なために、何の役にも立っていなかった。
いや、その頑張る姿を見て、カナタは非常に喜んでいたので、その分だけは役に立っていた。
「はふー、満足ですー」
ザグギエルとフェンリルの引っ張る姿を脳内のアルバムに収めたカナタが、ロープを片手で掴んで軽く引っ張ると、あっさり馬車は沼から抜け出た。
むしろ勢いが付きすぎて、馬車は軽く飛び上がり、引っ張っていた隊商の面々は尻餅をつき、ザグギエルとフェンリルは遥か彼方へ転がっていった。
「わわわ! ザッくん! フェンフェン!」
転がったザグギエルとフェンリルを抱き上げたカナタに、隊商の代表が礼を述べた。
「いや、おかげで助かったよ」
「わたしは何も。ザッくんとフェンフェンが頑張ってくれたのです」
「えっ、そうかい? まぁ、そういうことにしておこうか」
頭にターバンを巻いた代表は、はははと笑ってお礼代わりにカナタたちを馬車に乗っていかないかと誘ってくれた。
カナタたちは喜んで馬車の荷台に乗せてもらい、聖都に向かうことになった。
「このお弁当、美味しいねー」
村を出発する際に持たせてもらった弁当に、三者は舌鼓を打つ。
『うむ、カナタの料理の次くらいには美味いな!』
『か、カナタ様の手料理だと……! 貴様、我に黙ってそんなありがたいものを……!』
『ふっ、良いだろう? カナタの手料理を最初に食べたのはこのザグギエルよ! 貴公ではない!』
『ぐ、ぐうううう!』
『ふはは! 悔しいか! 悔しかろう! だが、どうあがいてもカナタの手料理を初めて食べた魔物という余の地位は覆らんのだ!』
『こ、この魔王がーっ!! 許せん! 誅伐してくれる!!』
飛びかかったフェンリルがザグギエルとケンカを始める。
二人の仲は険悪だが、毛玉な姿のせいで微笑ましいものにしか見えない。
「もー、ふたりともケンカしちゃ駄目……いや、駄目じゃない。かわいい。前足でぺしぺしするふたり最高に可愛いよ……!」
短い後ろ足で立ち上がったザグギエルとフェンリルが、同じく短い前足をジタバタとさせながら叩きあう姿にカナタはメロメロになった。
そうやって馬車の旅を楽しんでいると、代表が御者席から声をかけてきた。
「おーい、もうすぐ着くぞー」
うとうとと午睡にまどろむ二匹が目を覚まし、カナタはちょっと残念に思いながら、荷台の前方を見やる。
「おおー!」
山岳をそのままくり抜いたかのような高い場所に大きな聖堂が建っており、周囲からは滝が白く流れ落ちている。
周囲にそびえる建物も純白の美しさで、白を全面に押し出した荘厳な景色はカナタも思わずうなってしまうほどだった。
『ほう、人間も中々やるではないか、あの性悪女神を祀っているとは思えぬ美しさだ』
『……とうとう戻ってきてしまったか……』
カナタと同じく感動するザグギエルに対してフェンリルは憂鬱そうだ。
「どうしたのフェンフェン?」
『い、いえ! 何でもありませぬ!』
「そう? 疲れてるなら言ってね?」
『疲れるなど滅相もない! 我は壮健そのものです!』
むんっ、とフェンリルが体に力を込めると、毛がぼわっと広がった。
「はわわ、丸々フェンフェンかわいい……!」
『むむっ、余もそれくらい! ……くっ、毛質の違いかっ、上手くいかん……!』
「がんばりやさんのザッくんもかわいいよぉ」
『むむむっ! 負けるかっ! 見てくださいカナタ様!』
一方が褒められるとすぐに嫉妬する従僕たちだった。
争いは同じレベルの者同士でしか発生しないが、お互いが弱すぎる場合、ダメージを与えられないのだった。
ぺしぺしする二匹の毛玉にきゅんきゅんするカナタだったが、ついに彼らは聖都ローデンティアへとたどり着く。
さっそくその本部である大聖堂へ見学に向かうカナタたちだが、とある問題が発生した。
その問題とはいったい──
次回『喜捨を払えないので入れてもらえない!』






