第38話 白モフをゲットする その1
ホットサンドを食しご満悦なカナタとザッくん。
休憩を終えて、旅を再開するところへ、カナタは新たなモフモフの気配を感知する。
一方その頃、聖女を捜し求めるフェンリルは──
『クンクン……! 近い、近いぞ……! 着実に聖女様に近づいている……!』
その鋭い嗅覚で、フェンリルは自らの主たる、真の聖女の匂いを感じていた。
『今しばしお待ち下さい聖女様、今あなたの従僕めが馳せ参じますぞ……!』
自らの決意を表明するように、フェンリルは勇ましく遠吠えした。
──宙吊りに縛られた状態で。
『ひゃっはー! 肉だべー! 久々の肉だべー!』
『ガキどもに栄養のあるものを食わせてやれるなぁ』
嬉しそうにゴブゴブと鳴くのは、フェンリルの四肢を棒に縛り付け、逆さ釣りにして運ぶ二匹のゴブリンだった。
分け身となり、小さい毛玉になったフェンリルの短い足を器用に棒に結びつけ、ゴブリンたちはエッサホイサと森を進む。
『……ゴブリンどもよ。貴様らの子供への慈愛は素晴らしいものだ。しかし、我は主様のもとへと向かわねばならぬ。この崇高なる役目の一助となる栄誉を授かりたいのならば、疾く我を解放するのだ』
声をかけられた前方のゴブリンが、フェンリルに振り向く。
『栄誉って食えるだか?』
『いや、食い物ではないが……』
『んじゃあ、駄目だ。代わりの肉がないなら、お前が肉だ』
『んだんだ。おとなしく肉になれ。骨の一本まで無駄にしねぇからよ』
『こ、この神狼フェンリルを食すなど……、どれほどの愚行か分かっているのか!』
『神狼フェンリルぅ? なんだべそりゃ、オラそんな魔物、聞いたことねぇだ』
『オラも知らねぇ』
『くっ、無知蒙昧なるゴブリンどもめ……!』
フェンリルは悔しげにうめいた。
『んで、そのフェンなんちゃらは美味いんだべか?』
『さぁ、食ってみれば分かるだ』
『んだな。ちいせぇけど肉は柔らかそうだべ、料理のしがいがあるだ』
ゴブリンたちは、フェンリル料理の味を想像し、じゅるりとよだれをすすった。
『……だけどよ、このまま持って帰っても、オーガ様に取られちまうんじゃねぇべか?』
『オラたちを守る用心棒っつっても、別に何にもしてくれねぇしなぁ』
『最近じゃあ地下帝国を築くとか言って、巣穴をどんどん広げさせられてるしなぁ。平和に暮らせたら、オラたちはそれで良いんだけどなぁ』
『オラたち魔物は弱いものは強いモノに食われるのが掟だべ。弱いオラたちはなんも文句いえねぇべさ』
『ゴブリンはつれぇなぁ』
最弱種族の一角であるゴブリンたちは深くため息をつき、棒を担ぎなおす。
どうやらこのゴブリンたちは、用心棒として雇っていた戦鬼に巣を乗っ取られてしまったようだ。
食料を奪われる上に、過酷な労働にまで就かされているとは哀れな話である。
『……そうか、そなたたちも苦労しているのだな。その苦労は良くわかった。だが、お前たちの口に入らぬ肉であれば、ここでいなくなったとしても問題あるまい。我を解放してもらえないだろうか』
『『それは断るだ』』
息をそろえてゴブリンたちは言った。
『オーガ様、めっちゃ怖いだ。逃がしたら頭つかまれてパーンってされちまうべ』
『肉を持っていかなかったら、おらたちが肉にされちまうだ』
オーガの恐怖政治はゴブリンに浸透しているようだ。
『くっ、やはり交渉は無理か……。ならば力付くでも押し通るしかあるまい! ぬおおおおおおおおお!』
フェンリルが力を込めると、全身の毛が逆立ち、体積が膨らんだように見える。
『おおおおおおおおおおおおおおおっ!! こんな草の蔓でできた縄などおおおおおおおおおっ!』
フェンリルを縛る縄がギシギシと軋み、今にも千切れ──
『おおおぉぉぉぉぉぉぉ……ぉぉ……ぉ……』
千切れそうに見えたのは錯覚だった。
フェンリルの体から力が抜けて、空気の抜けた風船のようにしぼんでいく。
『おめー、このやり取り何度目だべ』
『いい加減あきらめて肉になるべさ』
『ぐぬぬ、諦めん、諦めんぞ! 聖女様に再びお会いするまで、我は絶対に諦めんぞおおおっ!』
鼻息荒く宣言するフェンリルを無視して、ゴブリンたちは調理法を話し合い始めた。
腹に山菜を詰めて丸焼きが良いか、いやいや煮込みも捨てがたい。
などと、素材当人の前で相談している。
『くっ、我の体が力を失った分け身でさえなければ、こんな戒めなど……!』
フェンリルは自らの弱さを嘆いた。
『本体に力を置いて来すぎたか……。しかし、ここまで力を弱めなければ、教会の牢に張られた結界は抜けられなかった……。致し方なかったとはいえ、最弱の魔物であるゴブリンにすら手も足も出んとは……。くっ、聖女様……!』
牢に囚われていたときより近づいたとは言え、未だ遠くにいる聖女を想い、フェンリルは切なく鳴いた。
牢を抜け出してから、苦労の連続だった。
見張りに見つからず教会を出たまでは良かったものの、あまりにも遅い足は転がった方が早いくらいで、仕方なく転がりながら進んでいれば、下り坂に来たところで勢いが付きすぎて止まらなくなり、そのまま通りかかった馬車にはねられて川に落ち、短い足では犬掻きすらままならず、どんぶらこと下流まで流されてきて、ようやく岸に上がれたと思ったところでゴブリンたちに捕まったのだ。
『万事休すだ……。このままでは本当に我はゴブリンたちの食卓に並ぶことになってしまうぞ……』
しかし、貧弱なこの体では縄ひとつ千切ることが出来ない。
万策尽きた状態だった。
『ああ、聖女様、いずこにおられるのか……。涼やかなこの香りを近くで嗅げる日がもう来ないかも知れないとは……』
せめて遠くから漂ってくる聖女の香りで心を慰めようと思い、フェンリルは鼻を動かした。
『……む? 気のせいか、聖女様の香りが強くなっているような……。気のせいか? 我の弱った心が生み出した幻か?』
いや、幻などではなかった。
聖女の涼やかな香りが森の向こうからどんどん近づいてくる。
未だ地平の先にいるはずの気配が凄まじい速度でこちらに近づいてくるのをフェンリルは感じた。
『もしや、聖女様もこちらを見つけてくださったのでは……!? 聖女様! ここです! あなたの忠実なる従僕はここにいますぞ!』
わおーん! と全力で遠吠えすれば、少女の声が返ってくる。
「も…………ぅぅぅぅ……」
その声は未だ遠く、フェンリルの耳と言えどかすかに聞こえる程度だった。
しかし、聖女の声を一言たりとも聞き逃すわけにはいかない。
『聖女様は、聖女様は何とおっしゃっているのだ……!?』
フェンリルは集中して聖女の声に聞き耳を立てる。
神聖なる気配を漂わせる声で、聖女はかく宣っていた。
「モぉぉぉぉぉぉぉぉぉっフモフぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」
『……モフモフ?』
とは、いったい?
その2に続きます。






