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第3話 紗凪と楽庵①

お待たせ致しましたー

 大好きな人が、去年友達になってくれた湖沼(こぬま)美兎(みう)の恋人の店に連れて行ってくれる。


 恩人でもある烏天狗の翠雨(すいう)の所用が立て込んで、今日まで難しかった。美兎達とのダブルデートで言っていたマンボウの肉も、結局は食べられなかった。


 また三重県か和歌山県で夏頃になれば人間界でも食べられるそうなので。その時期に合わせて、翠雨が仕入れてくれるようだ。


 とりあえず、今日は。


 火坑(かきょう)(さかえ)(にしき)の界隈で営んでいる、小料理屋の楽庵(らくあん)に行く予定。であったのだが。



「ねえねえ、お姉ちゃん。俺らと飲みに行かない?」



 錦に到着した途端、キャッチに絡まれてしまった。


 たしかに、紗凪(さな)は可愛い。モデルだった母親の遺伝子を濃く受け継いでいるし、子供の頃は子役モデルもしたぐらいだ。今はただの一般人だが。


 それは妖怪とかにも好かれやすく、父譲りの霊力で怖い怖い幽霊や妖怪達に襲われかけたのも一度や二度じゃない。それは、翠雨のお陰で一応解決はしている。今も持っている彼手製のお守りがあるからだ。


 が、人間は関係ない。


 歓楽街に近い錦だから、いなくはないと思っていたが。



「あの。私彼氏いるし、待ち合わせしてるんで」

「え〜、いいじゃん? 遅れてる彼氏より俺らと飲もうよ」

「そーそー」

「結構です!」



 強く言っても聞く耳を持たない。


 まったく、自分の顔の良さを恨むのはこう言う時だ。相手は自分達に自信があるようだが、はっきり言って下の中くらい。


 麗しい容姿を持つ、翠雨とは比べるまでもない。


 とは言え、振り切るのも難しい。


 どうすれば、と思っていたら。



「……俺の恋人に何か用か?」



 耳通りが良い低い声。


 明らかに機嫌が悪いのがわかったが、紗凪には救いの手だった。



「すーくん!」



 ダッシュで翠雨のところに走って、彼の胸にダイブする。


 抱きとめた翠雨から、頭をぽんぽんと撫でられると、翠雨はまだぽかんとしているキャッチの男達に言い放つ。



「俺の恋人に手出ししようとするだなんて、良い度胸だな? 次はないと思え」

「ひぃ!?」

「ふぁ、ふぁい!?」



 抱きついているので顔は見えないが、きっと怖い顔なのだろう。慌てた足音が遠ざかって行くのが聞こえてから、紗凪はさらに翠雨にぎゅっと抱きついた。



「ありがと、すーくん!」

「……まったく。次この辺りに来るのなら、コーヒーショップとかで待ってろ」

「うん! そーする!!」



 一応二十四になったとは言え、少し童顔の紗凪だとメイクをしていてもまだ大学生に見られてしまう。一応仕事帰りだが、飲食店のウェイトレスなので制服以外はほぼ私服。


 だから、人通りの多いところに行くとナンパやらキャッチやらに遭うわけで。


 とりあえず、美男の翠雨にも注目を集めてしまっているので、界隈に入ろうと彼に手を引かれる。


 建物の隙間を通り、進んで進んで曲がって曲がって。


 歩いて行けば、錦の界隈に到着。


 少し久しぶりに見る、妖怪達のたむろう繁華街。


 街並みは、人間界とそう変わらず飲食店やホストなどの店で賑わっていた。



「さて、こちらでも(それがし)から離れるなよ?」

「うん!」



 繋いでた手を離して、腕に自分の腕を組んで。


 周りの景色を楽しみながら、小径を歩いていけば。


 少し大きいビルの一階に、『楽庵』と言う小さな看板がある店が見えてきた。狭いと聞いていたが、予想以上に狭そうだ。


 本当に、こじんまりした個人経営の店のようで。紗凪が働いているチェーン店よりも小さい。


 だが、絶対絶対。美味しい料理が出てくると信じている。翠雨が常連と言うくらいだから。



「紗凪、腕を離してもらっていいか? 店はお前が思っている以上に狭い」

「はーい」



 名残惜しいが、言われたらしょうがないので離した。


 そして、翠雨が引き戸を開ければ、中から『いらっしゃいませ』と声が聞こえてきて。


 翠雨のあとに続いて店に入れば、本当に予想してたよりもはるかに狭くて。けど、とても暖かい空間のそこには。


 去年会った時とは違う、猫の頭に尻尾がある妖怪が調理場に立っていた。



「紗凪ちゃん!」



 それと、美兎がカウンターの一席で座っていたのだった。

次回はまた明日〜

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