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第4話『柿ときゅうりのマヨサラダ』

お待たせ致しましたー


 大神(おおかみ)は神として長らく存在はしているが、実は人間達の住んでる下界や妖界隈には殊更興味を抱く、謂わば変わり者である。


 いわゆる日本狼の神使(しんし)、神の遣いとして人間達から崇められていた頃も。供物となるものよりも、人間の食べ物や酒に興味を抱いていた。


 最近、斎宮などで取り扱う供物はほとんど同じなので、大神にとっては飽き飽きしてきた。俗に秋の盛りを迎えた神無月の宴が開かれる際も、酒や米は相変わらずで変わりばえがない。


 それも、社である神主らからの供物であるがゆえに、仕方がないと言えばそれで終わってしまう。


 だからこそ、たまには、と大神は今は愛知県と呼ばれる国に降り、尾張の一角に居を構えている元幽世(かくりよ)の役人であった猫の妖となった火坑(かきょう)の店に行ったのだ。


 半月ほど、ひとりで楽しんでいたのだが、どうやら常連の中でも困ったヒトの子と妖がいた。


 瞬時に目的地へと移動出来る術を使ってやってきたのが、妖でも特異の位置にいる座敷童子の真穂(まほ)にその契約主である湖沼(こぬま)美兎(みう)と言うヒトの子。


 なかなかに上玉ではあるが、すぐに誰を恋い慕っているか見当がついた。


 菓子の袋を手渡した時の、まるで恋する乙女のような微笑み。


 まさか、ヒトが妖を好むとは。だが、美兎もいくらか妖の血を継いでいるのは纏う霊力で判別は出来た。


 だから大神は、これまた面白い(えにし)が結ばれそうなものよ、と神無月の宴で少々いじろうか決めたのだった。



「おふたりとも、お腹の方はどうですか?」



 そんな美兎や大神の心境を知らない店主の火坑は、得意の優しげな微笑みで美兎や真穂に注文を聞くのだった。



「そうですね。実はご飯を少し食べてたので、そんなには」

「美兎の冷やし中華食べてたの!」

「なんぞ? 冷やした……中華とな?」

「現世の一般的な、夏や晩夏によく食べられる麺料理ですよ、大神様。あいにくと、僕の店では材料がありませんので難しいですが」

「……ふむ、そうか」



 それならば仕様がないと諦めるしかない。先日の秋茗荷の味噌焼きや味噌カツもだが、この尾張では種類に富んだ食べ物が多い。だが、総じて甘辛い味付けが多かった。そろそろ違うものを食べたかったが、意外にも酒に合うので飽きは来ないのだ。



「うーん。そうですね……いきなりお菓子をお出ししては失礼ですし。あ、そうでした!」



 ぱん、と手を叩いた火坑は冷蔵庫の中を漁って銀色の深いボウルを取り出してまな板の上に置く。


 全員カウンター席なので、調理工程は見られるから何が起きるのか大神もだが少しワクワクしていた。



「綺麗に盛り付けて……出来ました、柿ときゅうりのサラダです!」

「え、これまさかマヨネーズ!?」

「けど、綺麗だね!」

「……ほう?」



 大神に出さなかったのは、珍味ゆえか甘いものが多かったゆえに避けていたのか。とりあえず、こちらにも出してくれたので、まずは目で見て楽しむ。


 マヨネーズは聞き覚えがあったので、その白いクリームのような調味料が柿の色や胡瓜の緑に映えること映えること。



「ふむ」



 箸で小さくつまんでから口に入れる。


 すると、秋の味覚なのにまるで夏のような清涼感を感じた。



「おいしい!」

「え、これレモン汁とか入れてるんですか?」

「ええ、あと塩を少しですが。つまみ程度には最適でしょう? 秋らしくするなら、茹でたさつまいもを入れるのもいいですし」

「柿ってサラダにもなるんですね?」

「マリネやチーズと一緒に食べるのもオススメですよ?」




 大神がいるのにこの賑わい様。


 なんだかんだ、火坑もこのヒトの乙女を気に入っているのだろう。でなければ、客として受け入れないわけがない。


 そこで、ふと。大神はこの店での代金などの支払いを思い出した。大神の場合は、霞む程の神気や供物の一部を渡しているだけだが、ヒトや一部の妖の場合は違っていた。


 たしか、魂から溢れ出る『心の欠片』と言うものだったはず。今も、美兎が火坑に両の手を差し伸べて何かを取り出そうとしていた。



「今日はパルメザンチーズにしました」

「何が出来ますか?」

「柿のサラダで少し食欲が出たと思いますし……そうですね」

「火坑よ、儂が求めるものではダメか?」

「大神?」

「真穂よ、そう額に皺を寄せるでない」



 独り占めしていたささやかだが謝礼くらいいいだろう。


 供物がわりに菓子をくれるのだから、これくらいどうと言うことはない。


 大神も少し真似をして、心の欠片のようなものを出してみた。



「……パスタ、ですか?」



 取り出したのは、乾麺でも素麺ではない。


 乾酪(パルメザンチーズ)に合うのであれば、現世に多少詳しくなっている大神でも生み出せたものだった。



「足りねば、儂に言え。今宵は儂の奢りじゃ」

「か、神様にそんな!」

「良い良い。儂の謝礼代わりじゃ。受け取ってくれ」

「あ、ありがとうございます……」



 小さく会釈する様は、今風のヒトの子らしく、酷く愛らしい。ならば、火坑はこの乙女の気持ちを知ったらどうなるのか。少し楽しみになった大神であった。

次回はまた明日〜

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