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神薙少女は普通でいたい  作者: 道草家守
第六章

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閑話:碓氷の場合

 


 水守の上空に張り巡らされていた結界が砕け散って、二時間と少し。


 敷地内の各所では、怒号と数々の術が飛び交う戦場となっていた。

 

 その現実に、碓氷は動揺を静かに押し殺す。

 長年の研究によって洗練された技術で、更新され続けた水守の結界は、同業の家ですら破るのは不可能と称されていたほど。


 それを……自分の認識が正しければ、ただの一撃で破られたのだ。


 状況を把握する時もなく、百鬼夜行と化した妖怪どもと正体不明の禍霊が侵入してきた。


 碓氷が当主の命で、各所へ迎撃の準備を通達していなければ、驚愕と恐怖に呑まれて、さらに対応が遅れただろう。



「被害の状況は」

「結界の破損は修復が困難です。割れた箇所から妖怪が侵入しており、規模の把握は未だにできていません」

「屋敷に飛び火した火災は用人が消火活動に当たっていますが、山までは手が回りません」

「病棟方面に、禍霊(まがつひ)が多数侵入! 瘴気(しょうき)の汚染が激しいとのこと!」 

「禍霊は最優先で神薙に当たらせなさい。妖怪に対しては呪具を支給して用人に対応を。増援は」

「あと一時間ほどとのことですっ」

「南西方面、連絡が取れません!」


 水守本殿の一室に急遽もうけた通信室で、各術者から送受信される情報に、碓氷は厳しく目をすがめた。


 事前にある程度備えていたため、連絡用のグループ通話が使えたのがありがたい。


 以前は連絡用の呪符や式神で連携を取っていたが、術者の霊力に依存し、術者のみに限られてしまう上、会話時間も短かった。


 時と場所によっては、呪符の方が都合がいいが、現代の技術革新がとうに上回っているため、前々から導入を検討していた。


 なにせ、誰でもどこでも手に入る通信手段である。


 特に市中や、電波が飛び交う場所で充電さえ確保していれば、何人でも、何時間でも自由にやりとりができる。


 いちいち集中して呪符を使う方がばからしい。


 だが、それでも術者でも古株になると、一般の新しい技術に反発を抱き、強固に呪符での通信にこだわる者もいた。

 碓氷はいらだちもしたが、当主である豊世の鶴の一声で導入が決まり、水守の術者全員に携帯端末とワイヤレスイヤホンマイクの支給がされて一気に楽になった。


 前々から進言していたとはいえ、自分の仕える主が伝統を重んじるタイプだと理解していた碓氷は驚いたものだが、こうして役に立っている。


 声の個別認識を容易にするため、数人単位のグループを作り、一人が通信手となることで円滑に情報交換を進めている。


 だが、そこからあがってくる情報は厳しいものばかりだった。


 確認されているのは、妖怪と禍霊(まがつひ)の集団だった。


 妖怪どもは百鬼夜行とも呼べる規模で押し寄せてきていたが、ここは水守の本拠。


 こちらにも優秀な用人や神薙がそろっているため、一体ずつであれば問題なく対応できていた。


 だが、同時に侵入してきている禍霊を滅するために、貴重な神薙を当てなければならず、各所で火災が発生して人員が分散させられている。


 さらに、この奇襲の実行犯と目される無貌(むぼう)は確認されていない上、水守の結界を破った者を特定できていない。


 要注意怪異である無貌に関する資料を読み尽くしていた碓氷には、あのまがまがしい業火が、無貌の技には思えなかった。


 呪符などの呪具は潤沢にあるとはいえ、こちらの体力は無限ではない。

 じりじりと消耗させられている現状を打開したくとも、できない状況であった。


「せめて、病棟だけは確保を」


 碓氷が指示を出しかけたその時、通信手の一人がぱっと振り返った。


「病棟付近から連絡です。禍霊を一掃し、瘴気も浄化されました。重軽傷者を受け入れ可能とのことです!」


 明るい報告に一瞬室内はざわめいたが、碓氷は驚きつつも困惑した。


 以前の連絡から十分もたっていない。

 この短時間にいったいなにがあったのか。


「なにがありました」


 尋ね返せば、その通信手も困惑した様子で報告を続けた。


「その、改造巫女服を着た十代くらいの少女の神薙が、ハリセンで禍霊を消滅させて、瘴気も浄化していったのだそうです」

「ハリセン」


 その場違いでインパクトのありすぎる単語に、碓氷は思わずオウム返しに繰り返す。


 ハリセンと言えば、ギャグや宴会で活躍する道具だ。

 断じて退魔討伐に使えるものではない。


 自分でもその単語のおかしさはわかるのか、通信手はおずおずと問いかけた。


「増援感謝すると言われたのですが、ほかの家の神薙でしょうか」


 それはあり得ない、と碓氷は内心否定した。


 他家からの増援が到着したのなら、真っ先に碓氷へ連絡が入るはずである。

 それがないと言うことは水守内の神薙だった。


 だが、改造巫女服などと称される浄衣を制作したという話はきかない。

 ハリセンという珍妙な形でも一発で禍霊を滅する事ができるのなら、欲しがる者はいるだろう。

 そのような業物であれば耳に届いていてもおかしくないのに、碓氷の記憶にはない。


 しかし、それを皮切りに、ほかの通信手から続々と情報が寄せられていった。


「南西方面の通信が復旧しました! 重傷者多数ですが、全員無事です。同じく改造巫女服の神薙がハリセンを振り回していったそうです!!」

「ただいま、山火事が消滅したとのこと! ハリセンのような破砕音が響いていたそうです」

「こちら、一時的に離脱していた神薙から! 改造巫女服の少女に瘴気を浄化してもらい、戦線に復帰するとのこと」

「その改造巫女服の少女はとにかく可愛かったとのことで……ってちょっとまじめにやりなさいよ、え、画像?」

「見せてください」


 即座に申し出た碓氷に通信手は目を丸くしつつ、スマホを差し出す。


 碓氷と共に、手の空いている通信手達も画面をのぞき込んだ。


 そこに映っていたのは、白と赤で構成された、アニメなどでよく見るようなデザイン性に富んだ巫女服を着た少女が、ハリセンを携えた姿だった。


 少女、という存在を全力で飾ればこうなるのだろうという風情で、このような戦場に不釣り合いなほどひどく愛らしい。


 だが、少女には非常にしっくりときていて、ハリセンを持つ姿も妙に堂に入っていた。


 日はすでに落ちて暗かったが、少し赤らんでいるように見える横顔に、なぜか見覚えがある気がして、碓氷はじっくりと眺めてみる。


 やがてどんどん珍妙に顔をゆがめ出す碓氷を、通信手はいぶかしく思って問いかけた。


「どうかしましたか」

「いえ、何でも、ありません」


 かろうじてそれだけ言った碓氷は、スマホを通信手に返しつつ呼吸を整えた。


 まさかという驚愕と、どうやってという疑問が荒れ狂っていたが、この緊迫した状況で、戦力としてあてにしていい存在は非常に貴重だ。


 だから、碓氷は全力で見なかったことにした。


「彼女に求められた場合は、情報の開示を許可します。手が空いた者は、足りない場所へ誘導を。そして、無貌の捜索に当ててください。それから……」

「碓氷様っ!」


 次の指示を遮って、通信手の一人が、青ざめた顔で振り返った。


「正面門に、正体不明の妖怪二体を確認! 一体は無貌と思われ、もう一体は女性の姿をした赤い妖怪。ニ体に遭遇した増援は、全滅だそうです!」


 通信手の悲鳴じみた報告に、一気に室内は恐怖に染まった。


 碓氷は恐れていた事態がやってきたことに、奥歯をかみしめた。

 嫌な汗が吹き出るのを感じる。


きましたか(・・・・・)


 無貌だけなら何とかなると、碓氷は確信を持って言える。

 だが、当主から内々に聞いていたことが本当であれば、もう一体の妖怪は自分達では手に負えない。


 正面門から一番近いのは、本殿だ。

 そこには奥の手を準備する当主がいる。


 未だ連絡がない中、このままでは遠からずそこにたどり着くであろう二体を、このまま本殿へ向かわせる訳にはいかなかった。


「正面門近くにいる神薙を全員向かわせて、場が整うまでなにが何でも時間稼ぎをさせなさい。私も参ります」

「お供いたします!」


 待機していた用人数人を引き連れ、焦燥に身を焦がしながら、碓氷は矢継ぎ早に指示を出して通信室を飛び出した。



 起きてほしくなかった事態だが、負けてしまうわけではない。


 奥の手を準備している当主たちが間に合うまで、わずかな時間でも押しとどめるのだ。


 スマホのグループ通話を入れれば、イヤホンからは悲鳴と怒号、そして妖怪どもと争う音が響いてきた。


 自分の出した指示の為とはいえ、なにも感じないわけではない。


 外にでた途端、碓氷にも妖怪が襲いかかってきたが、呪符をなげうち祓っていく。


「このような近場にまでっ……」

「碓氷様、露払いはお任せを」


 ついてきた用人たちが、それぞれの武器を構えて妖を薙ぎ払ってゆきながら進んでいくと、碓氷のスマホに着信が入った。


 画面に表示された名前に、即座に通話をタップし懐に入れなおせば、装着していたイヤホンから、若くとも覇気に満ちた声が聞こえてきた。


『遅くなりました』

「香夜様! 大丈夫なんですか」

『少し手こずったけど、何とか手なずけましたよ』


 疲れが見えつつも、待ち望んだその言葉に碓氷は巧妙を見いだした。


『碓氷さん、そっちの状況は』

「無貌と例の妖怪が現れました」

『っどこですか』

「正面門です」

『では、こうしましょう』


 誰よりもその恐ろしさを知っているはずにも関わらず、一瞬息を呑んだものの、即座に平静に戻る胆力は、同年代の神薙とは別格だ。


 彼女に頼るしかないという状況にふがいなさを覚えてもなお、頼もしい。


 そうして彼女から提案された計画を、二つ返事で了承した。


「任されました」

『あと、私が来たら、みんな全力で下がらせてください。まだコントロールが利か……』


 ざざ、と音声にノイズが走り、通話は切れる。


 スマホでの通信は非常に便利だが、克服できない部分がある。


 強力な儀式の場や、妖怪の近くでは、その霊障によって電波が妨害されたり電子機器が不具合を起こしやすいのだ。


 こればかりは科学技術だけでは克服しづらい分野であるから、しかたがない。


 碓氷は、すさまじい霊圧を肌身に感じて、じっとりと背中に汗を感じていた。


 正門が確認できない距離にもかかわらず、これほどの威圧を覚えるのはどれだけの妖なのだろうか。


「ぐあっ……!」


 瞬間、先行していた用人が吹き飛ばされてきた。


 そのまま地に転がっていく用人を見送る間もなく、碓氷は自身の式神を召還し、身構える。


 恐怖と緊張のなか、前方から現れたのは、全身から瘴気をしたたらせる、奇怪な人型であった。


 人の胴体に、獣と、妖を無理矢理つなぎ合わせたような、いびつな造形は見ているだけで吐き気を催す。


 基本となっているのが少女の胴と顔で、さらに凝った可愛らしいワンピースを着せかけられているのが、異常と醜悪さに拍車をかけていた。


「これが、例の禍霊ですね……!」


 顔をしかめ、全身から腐臭のように漂ってくる瘴気に、碓氷は顔をしかめる。


 自分達を見つけた禍霊は、少女の声で獣そのものの雄叫びを上げると襲いかかってきた。


 素早い動きを寸前で避けた碓氷は、さらに、前方からゆっくりと歩いてくる男女の二人組をみつけた。


「おや、鬼灯様、人形が新たな暇つぶしを見つけたようですよ」


 豪奢で妖艶な赤のドレスを身につけた女と、三つ揃いのスーツを一部の隙もなく着こなした男だ。


 碓氷は、そのスーツの男が無貌であると悟ったが、女からあふれ出す圧倒的な妖気に血の気が引いてゆくのを自覚した。


 女はハイヒールの足をゆっくりとすすめて、赤の瞳で碓氷を捕らえる。


 途端、全身へ襲いかかってくる重圧に、碓氷は奥歯を食いしばって耐えた。


 背後でおびえたように息をのむ声が聞こえたが、無理もない。


 この赤をまとう美しい女は、おそらく、神にも等しい古き妖だ。

 格が違う。


 この一瞬で、嫌と言うほど思い知らされた。


 だが己には水守を守る使命がある。


 なにより、水守の本拠地を無遠慮に侵す輩を、そのままにしておくことは碓氷の信条としても許すわけには行かなかった。


 額に脂汗をにじませながらも、黙って腰の刀に手をかけた碓氷に、女は赤の瞳を瞬かせた。


「あら、意外と骨のある術者もいるのね。余興くらいにはなるかしら?」


 愉快そうに笑みをはいた女が、腕をさしのべ、ぱちんっと指を鳴らした。


 嫌な怖気が背筋を貫く。


「散開!」


 碓氷が裂帛の気合いを込めて叫べば、背後に控えていた用人と神薙は金縛りがほどけたように散っていく。


 同時に、女の指先から、灼熱の妖炎が吹き出し襲いかかってきた。


 逃げきれない、と悟った碓氷はありったけの札を取り出し結界を張ったが、妖火になめられた途端燃え尽きた。


 碓氷はひりひりとこちらを焼き尽くすような霊圧を堪え忍び、前方へ大きく踏み込むと、神速の勢いで抜刀する。


 碓氷が持つ刀は、古く結衣(ゆい)の術者が鍛刀した、怪異を断つ妖刀だ。

 持ち主の霊力によって切れ味を増し、あらゆる妖を滅する。


 碓氷は襲いかかってくる炎にあぶられながらも、ひどく楽しそうな女の姿へ向けて刃を振り抜く。


 だが、女に刃が届く寸前、あのいびつな禍霊が割り込んだ。


「鬼灯様には指一本ふれようなどと、人の分際でおこがましい」


 そのような声が聞こえたが、碓氷はかまわず刃を抜き去った。

 禍霊は碓氷の刃がふれた瞬間、絶叫を上げて消滅したが、代わりのように瘴気が碓氷へ迫ってくる。


 斬撃を重ねることで無害なレベルへ霧散させたが、後退せざるを得なかった。


「無貌、妾の楽しみの邪魔をするなんて何様のつもり!」

「ああっ申し訳ありません」


 追撃を警戒した碓氷は、だが、女――鬼灯が仲間のはずの無貌へ危害を加えているのに困惑する。


 体勢を立て直し状況を確認すれば、何人かの用人が炎にあぶられ戦闘不能になっていた。


 だが、背後から複数の足音が聞こえてもくる。

 おそらく、計画を聞いて、増援にきたのだろう。


 これで、まにあうか。いや、間に合わせなければならない。


 気を取り直したらしい鬼灯は、碓氷に向かってにっこりとほほえんだ。


「さあ、遊びはこれからなんだから。妾をたっぷり楽しませなさいな」


 鬼灯の背後に控えていた醜悪な禍霊どもが遅いかかってくるのを、碓氷は全力で迎え撃った。


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