なんで、なのかな。
その日から始まったお姉ちゃんとナギの攻防は壮絶だった。
あのあとだけでも、姉によって三重に重ねがけにされた封じもお風呂から出てくると解かれていて、正攻法ではだめだとわかるや三重封印の上で隠世へ放り出すという荒技を使った。
のだけど、翌朝目覚めると黒蛇のナギにのんびりおはようと挨拶された。
寝顔を見られたと悟った姉はそれで完全にぶちぎれ、それ以来知る限り様々な方法でナギを封じようとして、それをナギが解くというのが日常となってしまった。
「一刻も早く契約が解除できるように、こんな変態蛇がいなくても大丈夫にするからね!」
そんな風にいいながら、ナギ封じに躍起になる姉の気迫はすさまじく、うれしいやらこまったやらで、どうして良いかわからずわたしは完全に蚊帳の外だ。
ちなみに、のぞかれるのは冗談じゃないと、風呂とトイレの魔除けの結界は前の何倍も強化されて、ナギでも入り込めない、らしい。
ありがたいのだけど、こんなことに百年に一度とうたわれる才能をつかってものすごく申し訳なさを感じた。
わたしとしては、姉と一緒に暮らせるっていうのは嬉しい以外のなにものでもない。
ナギに着替えとかのぞかれる心配もなくなったからなおさらだ。
だけど、休暇と言っていたのに、時折式神が飛んできて資料をおいていったりするし、姉のスマホにも毎日複数のメールが来ているようだった。
仕事に打ち込んでいるときの凛とした横顔はとてもかっこいいんだけど、その上で、この街で増えている妖怪や禍霊関連の騒ぎを解決して回り、ナギを封印する手段の研究をしている姉はとても忙しそうで、ちょっと心配になった。
わたしが神薙少女として出て行く必要がないってことは同時に見つからずにすむってことだし、プロである姉に対処を任せるのが正しいんだってわかってる。
でも、なにかしこりのようなものを感じつつ、姉とナギの攻防にはらはらしているうちに、あっという間に1週間がたっていた。
☆
放課後、部活へいく弓子と別れたわたしは、まっすぐ帰らず、人気のない中庭へ行った。
今にも雨が降りそうな空だったから、本当は室内の方が良かったんだけど、前から目を付けていた非常階段には先客が居てあきらめた。
や、だって、男子生徒と女子生徒が二人きりって、そういう面では疎いわたしでも、ちょっとね。
中庭の方は誰もいなくてほっとしたけど、梅雨の時期が近づいてきたから、ここともしばらくお別れだなと思っていると、すいと空間を揺らがせて、人型のナギが現れた。
「やっぱり、出てこられるのね」
「わしは超強い式神だからの」
今日の朝は鈴に特別な墨で封じの呪を直接書かれていたはずなのに、今取り出してみれば墨がぼろぼろと落ちてきれいになっていた。
「だが、さすがに毎日破るのは肩が凝るのう」
「なら出てこなければいいのに」
ぼそりと言えば、首を曲げたり、腕を伸ばしたりしていたナギは、赤い瞳をしばたたかせた。
「ぬしを守ると約束したでな。ぬしが寂しそうなのをほっとくわけがなかろうて」
「っ、寂しくなんかっ!」
「ならばまっすぐ帰らず、学校でわしに話しかけるのはなぜかの」
全部見透かしているといわんばかりのナギに、わたしはかっと頬が熱くなるのを感じた。
うちにいればほとんどお姉ちゃんと一緒で、お姉ちゃんがいなくても式神の日向が居たりするから、ナギとまともにはなせるのは学校ぐらいしかないんだけど、それでも。
「お姉ちゃんがいるのに、寂しいわけないじゃない」
「そうかのう」
「そ、そうよ。今だって聞きたいことがあっただけだし!」
「ふむ、そういうことにしておこうかの。して、聞きたいこととはなにかの、ぬしよ」
ナギに生ぬるく赤の瞳を和ませられて、落ち着かない心地になる。
無性に悔しい気がして一瞬帰ろうかと思ったわたしだったけど、我慢していつも座るベンチに腰を下ろした。
「たいしたことじゃ、ないけど」
でも、こうやって改まられると言い出しづらくて、目の前であぐらをかくナギから微妙に視線を逸らした。
「なんで、お姉ちゃんの前でその姿を見せないの」
「ぬしが願ったことだと思うたが」
「そうだけど。まさかそんなにまじめに守ってくれると思わなかったから、驚いて」
この一週間、ナギはずっと姉や日向の居るところでは黒蛇の姿で通していた。
そのおかげで、姉はナギを野良妖怪と信じて疑わずにいてくれるのだけど。
蛇のままということは、パソコンとかも満足にいじれないわけで、あれだけ現代の情報化社会になじんでいたナギが不満を表に出さないことが意外でもあった。
「それにこれは一応わたしとの正式な契約なわけだし。横やり入れられてるんだから、気分良くないでしょ。なのにお姉ちゃんに反撃したりしないし」
まあ、あんまりナギが怒ったり泣いたりするところも想像つかないんだけど、けち付けられるのはわたしだってムカつくと思う。
瞳を瞬かせるナギを、ちらっと見上げて問いかけた。
「お姉ちゃんの封印を毎回破ってまで、外に出てきてくれて、わたしに憑いてるの、なんで?」
禍神化した田の神を消し飛ばせたのはもちろん、趣味全開のデザインはともかく、あんな高性能な浄衣を自分で作ってしまえるのならば、元はかなり力の強いモノだったのだろうというのは簡単に想像がつく。
それでも、姉の手を変え品を変えた力比べは堪えるはずだ。
たぶん姉も、ナギが根負けして、契約解除をして去っていってくれるのを期待している部分もあるのだと思う。
だから、そんないろんなことを我慢してまでわたしの側にいる、その理由がわからなくなったのだ。
「そうだのう……」
ナギはふむ、と着物の袖に手を知れて考え込む姿勢になる。
その先を聞くのに妙に緊張した。
「ぬしの姉は、ぬしにとって大事なものなのだろう?」
「え、あ、うん。お姉ちゃんだし」
「大切な者が大事にしているものは、そのものの一部、と諭されたことがあっての。ならば姉を傷つけることはぬしを傷つけると同義であろう。契約が続けば、わしとしては何ら問題はないでな、報復は考えぬよ」
さらりと言われたその言葉を一瞬理解できず、じわじわと頭にしみこむにつれて、わたしは騒ぎ出す胸に狼狽えた。
つまり、わたしの大切な人だから、傷つけないってことだ。
ナギがわたしの感情を考えてくれていた、と言うのが思ってもいなくて、妙にむずがゆく感じていると、ナギは続けた。
「それにぬしの姉の術は巧みであるし、手こずるのは確かだが、良き暇つぶしになっておるのだよ」
「ひ、暇つぶし……」
さっきのむずがゆい気持ちが吹っ飛んで、ちょっと唇の端がひくついた。
姉の術は全力ではないものの、どれも本気で術を編んでいるように見える。
それを暇つぶし扱いなんて……や、強がりも入っているとか、ああでもナギはそんなこと言わない気がするし。
「まあ、わしもちいと考えるところがあるでな。今の状況に不満はないぞ」
「いったい、なにを考えてるのよ」
「それはもちろん、ぬしのかわゆさをいかに広めるかなどだが」
「っそんなこと考えなくていい!」
ふざけたことをのたまわるナギに叫べば、ふいにナギの秀麗な顔が柔らかく笑んだ。
「そうか、ぬしはわしを案じたのか」
「っ……!」
否定する前に耳まで熱くなってしまって、なにもいえなくなっていると、ナギの大きな手が伸びてきて、ぽんっと頭に乗せられた。
「安心せい。ぬしはわしが守るでな」
「……契約通り?」
「も、ある」
も、ってなに。と言う言葉は、頭を滑っていく手の感触に溶け消えてしまった。
代わりにまた、さっきのむずむずと落ち着かない気持ちがわき上がってくる。
なんなのよこれ!
「ただなあ。たしかにパソコンがいじれぬのはつまらぬし、ぬしにかわゆい浄衣を着てもらえぬのはまことに残念だのう。それだけは改善したいものなのだが」
しみじみと残念がるナギの言葉で、姉の来訪でなりを潜めていた鬱憤が一気に吹き出してきた。
「も、元々着る必要のないものだし、今来て出て行くなんてお姉ちゃんにばれる率が跳ね上がるじゃない! それに最近の浄衣はなに!? あんな短いスカートばっかりっ」
「短い短い言うが、あの丈は世のスタンダードだぞ」
「わたしが恥ずかしいって言ってるのに用意することはないでしょっ」
「ぬしが恥ずかしがることで、短いスカートがより一層魅力がますのでなあ」
「やっぱりあの丈はわざとかスケベナギ!」
「男子はすべからくしてスケベであるぞ」
「あんたはもうちょっと慎みを学んでよ!!」
ぜえはあと息を切らしたわたしは、憤然と鞄を持って立ち上がった。
「おうい、ぬしよ。もう良いのか」
「うっさい! ナギなんかお姉ちゃんに封じられちゃうくらいがちょうどいいのよ!」
「むむ、ぬしは恥ずかしがり屋さんだのう」
のんきすぎるナギの言葉にいらっと来て言い返そうと振り返れば、ナギはあっという間に黒蛇になって鞄の肩紐に巻き付いていた。
唐突な変化に戸惑っていると、遠くから飛んでくる人影がある。
「おい、妹! もうちょっと見つかりやすいところに居ろ。探したじゃねえか!」
「日向?」
ふわりと水干の袖をひるがえして降り立った日向は、肩紐に巻き付いているナギをめざとく見つけるなり顔をひきつらせた。
「ま、またおまえは香夜の封じを破って出てきたのかっ」
「うむ、封じられておると暇でのう。遊びたくなってしまうのだ」
のんびり言い返すナギに、日向は早くも及び腰だ。
なんか、初日に起きた日向の謎な女装以降、完全にナギに対する苦手意識が植え付けられたらしく、ナギが出てくるごとにびくついてしまっている。
なのにあのときのことは、いくら問いかけてもナギも日向も口を割らないので、謎なままになっていたりした。
「ふ、ふんおまえなんか、俺と香夜にかかれば一瞬で八つ裂きなんだからな!」
それなのに、一生懸命虚勢を張る姿はなんというか、ちょっとかわいいなあと思ったり思わなかったり。
ナギもそう思っているのか、脅しなんて歯牙にもかけずに微笑するばかりだ。
「そうか、楽しみにしておくかのう」
「くっ……その言葉、覚えてろよ! おい妹、こっちだ早く来い!」
「わっ」
そうして、乱暴に言い放つ日向に引っ張られて、なにがなんだかわからないうちに、わたしは中庭を後にするのだった。
活動報告にて、神薙少女のラフ画公開をしております!
よろしければ楽しんでいってください!




