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神薙少女は普通でいたい  作者: 道草家守
第三章

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嵐は突然やってくる




 残念ながら体育祭は中止になり、翌日の臨時休みを挟んで迎えた登校日。


 学校にたどり着いたわたしは気合いを入れて教室へ入ったのだけど、さっそく聞こえてきた会話が神薙少女一色なのに早くも気力ががりがり削られる。


 一日休みが入っているからきっと大丈夫だと思ったのに、さめるどころかますます盛り上がっているようだった。

 ナギに見せられたアカウントはどんどんフォロワー数が増え、今回のチアガールなわたしがスカートの裾を気にしていたり、でもやっぱりひるがえっていたり、おなかがちら見えしたりする画像や動画があげられていたのだ。


「依夜、おっはよう!」

「……おはよう、弓子ちゃん。なんか盛り上がってるみたい、だね」

「そうなんだよー!」


 弓子もその中の一人のようで朝からテンション高く、生き生きとスマホの画面を見せてきた。


「もーすごいよ、神薙少女の認知度が一気にあがって! 初めて大勢のいる前に出てきたって言うのもそうだけど、ハリセン振り回したとたん、ばーんてつむじ風を光に変えちゃったりして、しかも最後は煙のように消えちゃってさ! どんなトリック使ったの?みたいな感じでもーすごかったんだから!!」

「う、うんそうだね」

「依夜も見れればよかったのに! 本当にかっこかわいかったんだよー!!」


 きゃーと興奮した調子で画像を見せてくれる弓子だったけど、わたしはそこに提示されている、昨日よりも増えたリツイートやいいねの数に頭が風化していた。

 自然と聞こえてくるほかのクラスメイトたちも会話にも、神薙少女の単語が幾度も出てきている。


 ていうかやっぱりスカートの下の黒いぱんつが見えてるし、ふと、太ももがばっちり写ってるし太いよ、やっぱ足太いっていやああああ!!


「でもこれだけの数の人に見られているのに、やっぱり何処の誰かわからないんだよねえ。どんな子なんだろうなあ。話してみたかったなあ。後ちょっとだったんだったのに、どんなトリック使ったのか消えちゃってさ」


 うっとりと言う弓子にわたしは顔をひきつらせないように気をつけることしかできなかったのだった。


「うん、相変わらずクロナワさんはベストショットが神懸かってるよなあ。チアガールがこれだけとれているんだから、きっとこの学校の関係者なんだろうけど、この人もかなり謎なんだよね。神薙少女本人じゃないことは確かだけど」


「クロナワ」というのはナギのハンドルネームだ。

 どうやら弓子はSNS上で数々の神薙少女画像をアップするナギのことを師匠と仰いでいるらしい。

 正体を知らないばっかりにあんな変態を。Webってこわい。


「でも、神薙ちゃん自身が公開しないのに正体を暴こうって言うのはちょっと違うと思うんだよねえ」

「えっ?」


 不穏なせりふに思わず声を上げると、弓子はちょっと眉をひそめつつはなしてくれた。


「昨日から神薙少女についての意見交換が活発になってるんだけどね。今日の朝にダイレクトメールで、神薙少女について根ほり葉ほり聞いてきた人がいるんだよ。神薙少女のかわいさについて語り合いたいんなら是非にー!って感じなんだけど、微妙に毛色が違うみたいで、いつ出たのかとか、どういう状況で写真を撮ったのかとか、そもそもあたしなんじゃないかとか。あたし神薙ちゃんみたいにかわいくないっての」


 珍しく少し不快そうにする弓子に戸惑った。

 わたしの正体を調べようとしている人がいる、という事実に少し血の気が引いたけども。


「確かに弓子ちゃんはかわいいって言うよりきれいって感じだね」

「あ、え、そう言う意味じゃなかったんだけど、ありがとう?」


 ちょっぴりほほを赤らめる弓子に、わたしは意を決して聞いてみる。


「どんな文面だったの?」

「見てみる? 得体が知れなかったからまだ返信はしてないんだ」


 見せてくれた文面は、確かに神薙少女について弓子に尋ねるものだった。

 内容を読んだわたしは、ごくりとつばを飲み込んだのだった。






 *





「ふむ、ずいぶん愉快なことになっておるのう」

「愉快って、あんたはいつもそれよね」


 神薙少女一色の学校からの帰り道、ナギに弓子に来たダイレクトメールの話をすれば、黒蛇のまま鞄の肩紐に巻き付いていたナギはさらに続けた。


「似たようなメールはクロナワにも来ておったぞ」

「っ! ほんとう!?」


 思わず見れば、ナギは黒い口から赤い舌をしゅるりとのぞかせた。


「うむ、弓子に来ておったのと同じアカウントからだったの。画像を投稿した者に手当たり次第に送っておるようだな。よほどぬしの正体を知りたいらしい」

「うう……」


 わたしはぎゅっと肩紐を握りしめる。

 弓子に見せてもらった文面は淡々とした事務的なもので、「神薙少女は違法に運営されている可能性があるため情報提供を望む」という内容だった。


「違法って言葉が出てくるくらいだから、中の人はたぶん、退魔組織のどこかだよね」


 この日本には、水守以外にも術者の集団はある。

 たいていは家単位で流派として続いているけれど、最近ではそこから離れて新しく立ち上げた新興組織、というのも結構あるみたいだ。

 特に火伏(ひぶせ)祝部(はふりべ)結衣(ゆい)をはじめとする有名な家はWEBを通じて気楽に連絡がとれるようになる以前から、水守とも交流があった。


 わたしもほかの家の子がやってきたときは、挨拶をしたり一緒に遊んだりしたこともある。

 ……や、遊んだというのは大げさで、術が使えないのを延々とからかわれ続けたんだけど。


 まあそんな感じで、一つにはまとまっていないけど、力のある組織はあるので、そこのどこかがめざとく見つけた、というのはあり得る。


「そうだろうのう」

「わりとオープンにしているのは結衣だけど、こういう名乗りに厳しいのは言霊の祝部か。あ、でも業績を作るためにほかの組織が調べてるってのもあり得るよね」

「ぬしよ、水守という可能性もあるぞ」


 ぎくりとしたわたしは思わず足を止めた。


「な、ないない! だってうち、火伏と同じくらい閉鎖的だよ? 世間で騒がれているからこそ、積極的に表で報道されるような面倒なことは黙認するし、体質が古いからこんな短期間で行動を起こすフットワークの軽さなんてないわよ」


 そう、ないに違いないのだ。


 全力で否定はしてみたものの心臓のどきどきは治まらなかった。

 というか言葉にしてしまったら本当になりそうで怖かったのに、この式神はあああ!


「そうかのう。ぬしがこの街におるのにか?」

「あんたはわたしの嫌われっぷりを知らないからそんなことが言えるのよ。本家の人間は普通の学校を選んだ、というのは知っていても何処の街でなにをしてるかまでは知らないだろうし。仮に術者が来たとしてもわたしなんてスルーするわよ」


 自分で言っていてちょっとほっとした。


 そうだ、わたしの居場所なんて祖母と姉しか知らないし、本家の術者が来てもわざわざ会いに来るわけがないんだから、そんなに怖がることはないじゃないか。

 水守の術者でもほかの組織の術者だったとしても、神薙少女として遭遇しなければいい話だ。


 それに、術者がこの街に来てくれるのなら、わたしにとって悪いことばかりではないはずなんだ。


「術者がくるんなら、きっとこの禍霊(まがつひ)の多さも気づいてくれるよね」

「うむ、最近だけでも3体出現というのは妙だからのう。よほど目の曇ったものでもない限りはわかるだろう」

「だよね! そしたらわざわざわたしがあんな浄衣を着て討伐する必要はないし、わたしは平和に普通の高校生活に戻れるし、みんなハッピーよ!」

「だがぬしよ、あの玉を忘れてはおらぬか」


 自分でもわかるほど顔をほころばせたわたしだったけど、「あの玉」という単語にちょっと考え込む。

 聞くまでもなく、田の神や、最近妖達を禍霊化させている謎の玉のことだ。


「体育祭に出た魔風にも、最近出てきた禍霊にもあったけど。でも、プロの術者なら、原因を見つけて解決してくれるはずよ。むしろわたしなんかが出張って業務妨害になるほうがよくないわ」


 そもそもわたしが禍霊退治をする方がおかしいんだから、本職の人に任せてさっさと退散する方が自然だ。


「ぬしはずいぶんと術者の能力を高く買っておるようだが、そううまくゆくかのう」

「なら、わたしからそういう物がありましたよって言えば……でも瘴気の玉の存在についてどうやって教えればいいんだろう?」


 わたしが出て行ったって説得力ゼロだし、かといって神薙少女として出て行くわけにもいかないし、というか絶対にいやだし。


「ぬしはそれでよいのか」


 うーんと悩んでいると、少し案じるような声で問いかけられた。

 見れば、黒い三角の頭が鎌首をもたげて、まん丸の眼がこちらを見上げてい。

 その赤い双眸がどこか心配そうで、わたしは少し息をのんだ。


「なにが?」

「瘴気の玉を見つけたのはぬしの功績だ。だがそれでは見ず知らずの他人に譲り、あるべき評価をもらえぬということぞ」

「なに言ってるのよ。ナギはわたしの目標を知ってるでしょ。わたしは普通の生活をして、普通の人になるの。退魔の力はあんたからの借り物よ。いつかは終わりがくるし、続けられないものをわたしの実力だっていいはれるほど、面の皮は厚くないわ」


 まくし立てたわたしは、そこで言葉を切って、ナギの鎌首に指を突きつけた。


「そ・れ・に! 評価をもらうってことはあの浄衣を着ているのがわたしってばれることなのよ! そんな目立つ恥ずかしいこと嫌に決まってるじゃない!」

「神薙少女こそぜひ知られて欲しいことなのだがのう」

「冗談じゃないわっ。ていうか最近スカート短すぎるのよ! この間のチアガールなんてほぼ丸見えだったじゃない!」

「それはぬしが動きやすい服装をと望んだでな、わしは要望と趣味をすりあわせて応じたのだが」

「その方向性が間違ってるのよっ。普通体操着とかジャージみたいなゆったりしたズボンになるでしょ!?」

「ミニスカートほど動きやすい服装はないと思うのだがのう。それにあれはわしがかわいく、さりとて下品に見えぬようミリ単位で丈を調整した逸品でな」

「それで中が見えたら意味ないでしょうが!」

「とぬしは言うが、玄人のチアガールが恥じらうことはないだろう? あれと変わらぬ衣装ですばらしいアクロバットを決めおるわ」

「そ、それは」

「ま、恥じらうぬしがよいのだがの」

「もおおおお!!」


 顔に血を上らせて怒ったのだけど、ナギは涼しい顔だ。

 ぐぬぬと、黙り込むしかないわたしは乱暴に歩き出す。


 そして、胸に感じたもやもやが小さくなっていることにほっとして、そのことに気づいて首を傾げる。

 そもそもなににもやっとしていたのだろう。

 ナギが変態なのはいつものことだし、神薙少女がばれるかもしれない可能性はひとまず遠そうだし。


 それにほっとしたって、話題がそれてくれたこと?

 なんでだろう、わたしが普通でいたいのは今に始まったことじゃないのにな。

 普通の生活をして、普通の高校生でいるために、神薙少女は今すぐにでもやめたい。

 それを改めて意志表示しただけなのに。


 だって、そうでしょ? 


 わたしは、才能がなくて、退魔師には……神薙(かんなぎ)にはなれないんだから。


「うむ? ちいとまずいかの」


 ナギの低い声が突然耳に飛び込んできて、思考の海に沈みかけていたわたしははっと現実に引き戻された。


 いつの間にかマンションの前まで帰ってきていて、あと少し歩けば扉の前というところまで来ていた。

 普段なら、ナギはこのあたりまで来ると勝手に人型に戻るのに、今日は蛇のままだった。


「どうかした?」

「いや」


 ナギの煮え切らない感じに釈然としないものを感じつつも鍵を開けて家に入る。


「ただいまあ」

「おかえりー依夜!」


 無意識にその朗らかな返事に、わたしは扉を開けたままの格好で固まった。

 幸か不幸かガラス戸は開け離れていて見通せる部屋の奥には、ちゃぶ台の前に座ってひらひらと手を振る人物がいた。


 髪は肩にかからないボブに整えられ、少し下がり気味の目尻が大人っぽい、身内びいきでも美人な顔でにっこりと笑う。


「ひさしぶり、来ちゃった♪」


 その人物は水守本家直系であり、次代当主とも噂される有数の実力者である水守香夜(みなもりかよ)――つまりわたしのお姉ちゃんで。


 わたしは開けた玄関の扉を即座に閉めたのだった。



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