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神薙少女は普通でいたい  作者: 道草家守
第二章

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世間は変態ばかりなり

 


「いやあ助かりもうした! 危うく三枚おろしになるところであった!」


 わたしのブーツ縫いとめから解放されたナマズ――田の神は、噴水の池に浸かりつつ、からからと笑った。


 でも、微妙にわたしから距離を置いているのは気のせいじゃないだろう。

 ぶっちゃけわたしもハリセン持ったままだし、警戒も解いていない。


「いや、わしの(あるじ)も、ちいとばかし先走ったでな」

「ほほう! おぬしは式神として使役されておるか。このような主に仕えるのは真に気苦労が多そうだ」

「そうでもないぞ。なかなか良き主に恵まれたと思うておる」


 ナギに憐憫の視線を向ける田の神に、わたしは少々いらっとする。


 苦労してるのはわたしのほうなんですけど!


 でもそこに突っ込むと諸々のことを説明しなきゃいけなくなるので、ぐっと黙り込み、和気藹々と談笑するナギと田の神に割って入った。


「で、何であんなに瘴気がはびこっているの」

「う、うむ。話せば長くなるのだが」


 わたしの地を這うような低い声に、びくっとした田の神は咳払いをして語り始めた。


「元々我は、この土地一帯を縄張りとしていたナマズ化けでな。ある時洪水を止めてやったら人間に水神に祭り上げられたのだ。以来、時を経て治水だけではなく豊穣も司るようになり、我は田畑を見守りつつ、お供えの饅頭などを楽しみに日々を過ごしておったのだ。だがしかあし!」


 くわっとちいさな目を見開いた田の神は、苦悩の表情でもだえた。


「あるとき我が長年見守って来た田畑が見る影もなく埋め立てられ、このようなでっかいショッピングモールが建てられてしまったのだ!」


 盛大に嘆く田の神に、わたしは少しひるんだ。


 実は妖と神の違いは、ほとんどなかったりする。

 違いは人に祭られているかいないかぐらいの物で、現人神といわれるように人ですら神になることはあり得るのだ。

 だけど、見えない、感じ取れない人々は、現代ではその土地の神に十分な了解を得ず、自分たちの都合で土地をいじり回す事が多くなった。


 神威を示せるほど強い神ならたたりの一つでも食らわせるのだろうけど、そういうことになる土地の神は、神力が衰えていたりすることが多く、静かに土地を離れて野良神になるか、妖に戻るしかない。


 水守でも地鎮祭を通して、その土地を使わせてもらえないかと神と交渉したりするし、土地を無断で変えられた神が荒ぶるのを強引に封印することもあった。


 守りを失った神の嘆きが深ければ、土地がよどみ瘴気を呼び寄せる。

 この田の神が気づかないうちに引き寄せたとしたら、それはわたし達、人のせいだ。


「それで、人間達を恨んでいるの?」

「いや、それとこれとは別だわい」


 あっさりと言った田の神に、思い詰めていたわたしは目を点にした。


 は、別?


「最近は機械をつこうて一気に田植えをするようになっておったからのう。そろそろ怪しいとは思っておったのだ。幸運にも我の(いえ)は移築されたで、ちいとばかし霊格が衰えただけで問題なし。

 たしかに早乙女のやわいふくらはぎを見れなくなったのは残念だが、今はぴちぴちのおなごが毎日のように来る上、新たな楽しみを見つけたでの。むしろ充実しておる!」


 やったらつやつやとナマズ顔を輝かせる田の神に、わたしはげんなりとした。


 どうして、わたしの周りにいる人外はアレな奴ばっかりなんだ……!


 頭を抱えるわたしの横で、袖に手を入れたナギは興味が引かれたのか問いかけた。


「新たな楽しみとは何かの、田の神」

「おおう、よくぞ聞いてくれた式神よ。 こ・れ・じゃ!!」


 きゅぴーん!と小さな目玉をきらめかせた田の神が着物の懐から取り出したのは、子供向けの厚い紙でできた本だ。

 その表紙は、それぞれのテーマカラーの全身スーツを身につけた五人組がポーズを取った写真で飾られている。


「仏心戦隊ネンブツジャーじゃ!」


 誇らしげに宣言した田の神に、わたしはどんなリアクションをとれば正解なのかよくわからなかった。


「ネンブツジャーはの、人間界を地獄に落さんと暗躍する地獄鬼帝国から人々を守るため、仏の心で立ち向かうのだ! 彼らにはそれぞれの守り仏がおっての、真言を唱えることで必殺技を繰り出し、アビジゴッグをはじめとする地獄の鬼どもを滅殺するのだぞ!」


 そこからどれだけネンブツジャーが強くてかっこいいかを語りをはじめる田の神を、わたしはぽかーんと眺めるしかなかった。


 八百万の神が仏様を愛好する……や、確かに神仏習合とかいって、一緒に祭られていたり、神様が仏門に帰依したりする話もあるんだけれども。

 ええっと、仏なのに改宗じゃなくて倒しちゃうんだ、とか突っ込むのは、めちゃくちゃ瞳をきらきらさせながら語る田の神を前にできなかった。


 ああでも田の神の言葉の端々に既視感を覚えた理由がわかった。

 全部、戦隊ヒーローの独特のしゃべり方にそっくりなのだ。


「……そして、ネンブツジャーに仏と慈悲の心を学んだ我は決めたのだ。これからは田の神ではなく、このショッピングモールの平安を守る正義の味方となろうと!」


 戦隊ヒーローで仏の心を学んだ神様(本物)。むちゃくちゃシュールだ。

 まさに燃える意志で宣言した田の神は、更にネンブツジャーの良さを語り始めようとするけど、ナギが割りこんでくれた。


「で、田の神よ。正義の活動はどうやり始めた」

「うむ! まずはモールを巡回してな、モールの秩序を乱す小悪党どもを片端から懲らしめたのだ。我は水のあるところにならばどこへでもゆけるでな。倒した悪は両手の数では足りぬぞ!」


 自慢げに胸を張る田の神の言葉に、ぴんときた。


「もしかして、最近も消火栓を動かしてひったくり犯を捕まえてたりした?」

「おお、よく知っておるの。正義の味方は人知れず活躍するものだが、活躍を知られるのも悪くないものだ!」


 田の神は、ふふん、と得意げにエラを開閉させた。


「今日などは、祠でつかの間の休息をとっておると、子供達の悲鳴が聞こえてな。起きれば現世にアビジゴッグが現れておるではないか! アビジゴッグはネンブツジャーにとって最悪の強敵、何度も煮え湯を飲まされているのはよう知っておった。故に我は傷ついた体なれど助太刀せんと奮起し、雑魚どもを蹴散らしてやったわ!!」


 ああ、わかった。

 この田の神、微妙に中二病に罹患したネンブツジャーオタクだ。現実と二次元の区別が付いていない。

 そんなはた迷惑な行動に巻き込まれてあの騒ぎだったとは、何とも言えず脱力感があった。


 田の神は思い出したようにヒレを打った。


「そうだ。その功徳のおかげか、今日は年若い娘が美しき濡れ姿を見せてくれてのう……淡く透ける肢体はまっこと扇情的で、特に乳が大きくてのう。恥じらう姿も初々しく眼福であった」


 しみじみというナマズの鼻の下はすさまじく伸びていた。

 ナマズに鼻の下があるのかはわからないけど、あれもがっつり見ていただと!?

 屈辱と怒りで顔を真っ赤にしたわたしが即座にハリセンを振りかぶれば、田の神の顔が恐怖に染まる。


「あいや娘なぜハリセンを振りかぶる!」

「問答無用! 黙って滅されろエロ神めっ」

「我は夫婦和合も司っているゆえエロも正義だ!」

「ひらきなおるなああああ!」


 振り抜いたハリセンはナマズが逃げたせいで、水面をたたくだけに終わった。

 おかげでまた水をかぶる羽目になる。

 そうしたら、あのときの情けなさとか居たたまれなさとか哀しみがまた甦ってきて、顔が真っ赤になると同時に泣きたくなっていると、頭に手がおかれた。


「落ち着け、ぬしよ」

「これが落ち着いていられる!?」

「ぬしがエロかわいいのは本当のことではないか」


 だから、どうして! そういうことを平気で言うの!?

 わなわなと震えるわたしだったけど、ナギにぽんぽんと頭を撫でられてなだめられれば、自分が恥ずかしがっているのがものすごく子供っぽいことのように思えてくる。


 納得はしていないものの結果的に微妙に落ち着いてしまったわたしがハリセンをおろすと、噴水の影から恐る恐るといった風でこちらを覗いていた田の神が面妖な顔をしていた。


「おぬしらは、あの穢れどもの手先とは違うようだの……」

「その話はさっき否定したでしょ。ていうかどうしてまだこだわるの」

「その扇情的でエロいコスチュームを着て平気で外を出歩くなど、まぎれもなく悪の女幹部ではないか。それにどことなく衆合姫に似ておったでな、故に我はエロかわゆさに魅了されぬうちに倒さねばと思ったのだが」


 落ち着いたはずの羞恥心がぶり返してわたしは思わず体を腕で隠した。また顔が真っ赤になるのがわかる。


「へ、平気で外を出歩いてるわけじゃないんだから!」


 好きで着ているわけでもないし!!

 というかこの田の神の戦隊ヒーロー狂いも相当だが、つまり田の神の誤解の元は全部この浄衣のせいか!


 ぎんっと元凶の式神をにらめば、ナギはこちらを見もせずに田の神に話しかけていた。


「おお、この衣装のコンセプトを一目で看破するとは、さすがだな田の神よ」

「そうか、このけしからん衣装を作ったのは式神どのであったか。なんとすばらしい女幹部ぶりよ。女幹部はやはりエロくなければな。……だが、なぜレオタードにせなんだ。そちらのほうがよりエロく女幹部らしゅうなると思うが」


「確かにレオタードも悪くない。我が主であれば、正統派エロ女幹部であろうと着こなすだろう。だが、主はまだ発展途上の若さとあどけなさ、つまり可愛さがあるのでな。ただエロいだけでは詰まらぬ故、それを両立させるべく今回のこのデザインとなったのだ」

「エロさの中にかわゆさを両立させることで新たな女幹部像の体現をする……! おぬしは神か!」

「二人ともただの変態だよ! というかエロいって連呼するな恥ずかしいでしょ!!」


 驚愕に固まる田の神と得意げに胸を張るナギに全力で叫べば、全く同じタイミングで不思議そうな顔をされた。


「その乳で」

「その腰で」

「「何故エロくないのだ」」


 もうやだこいつら。





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