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騎士名誉クラブ  作者: 雪ハート
永遠の森
93/111

我が名はソラル

――――

黒フードがまるで果物かのように潰れた。赤黒い果汁を撒き散らせて、果実を一面に落とした。

ソラルは、込み上がる嘔吐感を堪えながら彼と対峙する。嗚呼、認めるとも…俺はびびってる。目の前の巨体を前に、黒フードの男達が葬り去られているのを見ているのだから。

「あと数十分…時間を稼いではくれませんか?」

ソラルの背後からフードを被った女が話し掛けてくる。

「数十分?何時間だってもたせてやるさ」

ソラルは彼女にそう告げると、黒フードの男達に混ざって剣を振り上げた。

名前も知らない女の為に働くのはどうでも良かった。ただ、眼前の大男を騎士として薙ぎ倒したかった。

神妙な口調で騎士道を説き、お互いに命を賭けて正々堂々と、鎧と鎧。剣と剣。無機質な鉄の音、満たされた優越感。命の脈動。強い相手を打ち負かすのは、何よりも満たされるのだ。

然しながら相手は騎士ではない。そんな勝負は望めないし、ソラルが万が一にも勝つ方法は無かっただろう。

それは、正面から打ち合えばの話だが…。

「我が名はソラル・グレンゴールド。貴様の命を貰う」

久し振りに騎士として振舞えた気がする。ソラルはグラヴァーの側面から剣を振るった。黒フードに気を取られていたグラヴァーは、刹那だけ反応が遅れた。取り残された腕の先端。数本の指をソラルの剣が跳ね退ける。

グラヴァーはやもなく握っていた剣を落とした。その隙を見逃さなかったソラルは追撃の振りを放った。その軌跡は確かにグラヴァーの首を跳ねるにたる一撃だったが、彼は…グラヴァーはソラルの剣を腕で受け止めた。グラヴァーは獣の唸るような声を発し、健全な腕の方を振り下ろした。

一発だ。グラヴァーの拳は巨大なあ岩の塊と化し、ソラルの顎を打ち抜いた。薄汚い地下水路が歪み、耳元の僅か一㍉の所で流水しているかのように轟音が響く。耳奥に水が大量に流れ込むかのようにその轟音以外の音は、儚く遠く聞こえた。

グラヴァーはもう一度、腕を振り上げている。もう一発食らえば終わりだ。ノックアウトだ。

ソラルは、自分の身体とは感じられないほど重い足を一歩後ろにずらした。力は入らずに身体がぶれるが、それが功を相してグラヴァーの拳を運よく避けた。

よし、今だ。ソラルは地面に落ちていた物を投げる。それは多少、大きな石だった。

カツンッ

グラヴァーに石が当たる。ダメージはなかったが、苛立ったのが分かる。青筋を浮かべた彼の拳は先ほどよりも力が篭っている。故に読み易かった。

ソラルは確実にグラヴァーの拳を避けて、自らの拳をグラヴァーの顎に打ち込んだ。勿論、グラヴァーの反撃が来る。此処も読めている。再び飛ぶ拳を避けて、ソラルは片足を己の前方へと思いっきり蹴り伸ばす。グラヴァーの腹部にめり込む蹴りは多少、グラヴァーの動きを遅くしたような気がする。

「よし、お前の動きは読めた。楽勝だ」

ソラルはふら付く足取りで挑発してみる。単細胞にはこれが一番良く効く。

グラヴァーは構えるソラルに掴みかかると彼を軽々と持ち上げた。

待て、それはなしだろ。

ソラルの身体が重力に逆らい、上へと持ち上がる。

首をへし折られるかと思ったが、そうならなかった。黒フードが無防備なグラヴァーの背中へと短剣を突き刺したのだ。グラヴァーは痛みに呻きながらソラルを投げ飛ばし、黒フードに突進した。

地面に背中をぶつけたソラルを、黒フードの女が見下ろしている。

「さっきのアレは撤回する。やっぱり、10分だけ時間を稼ぐよ」

その女に向ってソラルは告げた。

「でしょうね。此方もはじめから期待はしていませんよ」

女の返事は淡白だったが、失望や疑念を感じたりはしなかった。

グラヴァーと対峙する男は、地下水の滑りやすい床を物ともせずに器用に攻撃を避けた。なるほど、泥棒に成り下がったとはいえ、流石は暗殺者。死線は慣れているのだろう。

ソラルも立ち上がり、グラヴァーに向って駆ける。

ソラルはその巨大な背中に乗りかかり、太い首へと腕を回した。出来るならば、このまま絞め落そうとしたのだが、そう上手くはいかない。グラヴァーは攻撃を避けていた男を腕で強く払い飛ばし、背中に乗ったソラルの身体を自身の背中ごと湿った壁に叩き付けた。

天井から少量の砂と揺れが落ちた。ソラルの痛みに揺らいだ意識をグラヴァーは見逃さない。そのままソラルを背負うように投げれば、一撃と拳をソラルに叩き込んだ。

「ははっ、その程度か?俺の知り合いの女の方が強烈だぜ」

グラヴァーはソラルの挑発にピクリと反応しない。もう一撃。

「分かったよ。認めるよ…。お前の母ちゃんくらいのパンチ力はあるんじゃないか?」

もう一撃。

やばい、死ぬ。

ソラルは身体を丸めて地面を見る。好き好んで地面を見ているわけじゃない。顔も身体も上には持ち上がらなかった。見えるのはネズミが好む湿った床、そこに落ちる自身の血反吐。意識の断片。

グラヴァーが拳を振り上げた。それを耐え切るほどの力はソラルには無い。

「水路に飛び込めっ」

黒フードの男が叫んだ。同時に轟音が響き、灰色の煙と火薬のニオイが地下水路に満ちた。

地上を支える数本の柱が傾きかけて、天井が、水の滴る滝の如き天井が、ソラルとグラヴァーに迫った。

ソラルは身体をふら付かせその場に倒れこむ。グラヴァーは間に合わずに灰色の煙と、飛び散る水滴の中。巨大な石の塊の中へと潰れて消えた。

ソラルは転がるように水路に飛び込んだ。水路の水に流されながら、ソラルは崩れる天井を眺める。

リアナは上手くやったのだろうか?逃げ出せたのか?爆発は余りに早すぎた。

「さっきより、男前になってますね」

黒フードの女が告げた。彼女は、フードを落して、素顔を晒す。可愛らしい瞳をした女性だった。

「そうかい?街一番の水路で君とデートがしたくてね」

ソラルは、痛む顔を綻ばせ、名も知らない女に微笑んだ。

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