世界が終わると言ったんだよ
「これはどういうことだ?」
アレクシスは困惑した。前線の戦火の激化によりヴァイスロイからの召集を受け、駆け付けた援軍…。敵は愚か虫一匹いなかった。それはまだ良い。今、こうして味方だと思っていた兵達に取り囲まれ槍を突きつけられている。
「おや、気付かなかったのか。獅子王の軍は、此処をとうの昔に去り、今頃は王都の傍まで進んでいるよ」
テアノは地面を踵で踏み躙りながら淡々と言葉を告げる。
「そうか、貴様…やはり裏切ったな?反逆者め。今すぐにやつを捕らえろ。縛り首にしてやる」
「勘違いされては困るな?反逆者は君たちだ。今、王都は攻撃されている。獅子王の軍と、手引きした君達の軍によって」
「は?」
「まだ気付かないのかな?」
テアノはやれやれと肩を渋りながら命令書を取り出し、その麗しき唇から歌う様に言葉を並べた。
「王都は攻撃を受けている、アレクシス率いる反乱軍と獅子王の軍によって。白狼は指揮を取れる状況に無い為、このヴァイスロイ(副王)が正規軍と予備軍の指揮を執る。この反乱に関わった以下の者の土地と権利を剥奪し、その場で逮捕する」
テアノは長い羊皮紙の端を片手で持ち上げ、下へと垂らした。ずらりと並んだ要人達の名前、勿論、アレクシスの名前もあった。
「君達が紅茶を嗜みながら此処へ向うまでに、この命令書は我らが治める全ての領土に送られた。今では殆どが逮捕されているが…残ったのは君だけだな。此処を切り抜けて自身の領土に逃げ帰ってもいいが、君は最早、一般人で、反逆者だ。私の予備軍が、君が留守にしている間に土地を占拠した。逃げ帰る場所など何処にもない」
やられた。あのくそったれな改正案はこの為のものか。今では、白狼派の領主達は全て反逆者として予備軍に囚われているだろう。そして、私の土地も…。
「俺を此処に呼び出す理由はあったのかね?お前の予備軍がその場で俺を逮捕すればよかっただろう?」
「それは難しいよ。君は前線の主力部隊を率いているし、反乱の首謀者ということになっているからね。君は、あの土地を留守にしなければならなかった。その方が、私の命令書の信憑性が増すからね」
テアノの偽の前線に釣られ、のこのこ駆け付けた所を包囲され、土地は今頃、予備軍に占拠されている。
彼女の罠にまんまと掛けられたのだ。そして全ての責任を押し付けられたまま処刑される。
なんとも甚だしい…。
「くく、だがそれも今だけだ。結局のところ、貴様が飼ってる可愛い獅子達が、白狼を負かさなければ意味が無い。奴等共々、貴様を処刑台に乗せてやる。そして引導をくれてやるのはこの俺だ」
アレクシスの強がりもテアノの耳には届いていないようで、彼女は此方を見向きもせずに薄暗い空を見上げた。
「私は自身の信念に従っただけだ。ボニファティウスの意思。彼が言ったんだ…。神はこの国に一人でも高潔な者がいる限り、滅ぼしたりしないと…。彼が死んだ日、この世界は死んだよ」
「気でも狂ったか?我々は高潔ではないと?」
「私は常に正気だよ」
空を見上げる彼女の頬に、一粒の雨の雫が落ちた。ガラスの玉のような鋭く光るその粒が、テアノの柔らかな頬を撫でるように伝い零れ、涙の後のような跡を残した。




