安らかに眠れ
森が血に染まっていた。黒いフードを纏った死体は積雪の絨毯は、鮮血を啜り、今では鮮やかな赤を身に纏っている。
ジャンヌとソフィアはその死体を見下ろして眉を顰めた。
ジャンヌは死体のフードを弾く。頬に刻まれた刺青は暗殺団のモノだった。首には一線の細い線。そこから雪を染め上げる程の血飛沫が舞ったに違いない。
「背後から首を一線、武器はナイフだな…。それにしても見事な一撃だ。殺された本人は自身が死んだことすら分からなかっただろう」
鮮やかな技術。暗殺者を相手に不意打ちを得る技術。確実に死を与える技術。
雪の大地には足跡が刻まれている。以前は生きていた筈の足跡、そして…。
ジャンヌとソフィアは、その足跡を辿った。辿るだけでも困難な足跡。深い雪に囚われることもなく、真っ直ぐに伸びていく軌跡。暗殺者(暗殺者を殺した暗殺者)の芯の強さを思わせた。そして、その足跡を辿り、同じ道を歩くごとに、スリント家の紋章を携えた死体が、一つ、また一つと、葉を実らせる事を忘れてしまったブナの木の下で力なく倒れている。鮮血の赤は、白銀の雪に溶けて、鮮やかな紅で世界を染め、彩った。
目的地は近い。スリント家のお抱え暗殺団は、恐らく【神の涙】を手に入れるが為に命を落とした。他の何かと鉢合わせになり、争いの末に命を散らせた。
「暗闇にも色がある。この世界に真っ暗な物は存在しない。緑がかった暗闇もあれば…銀細工のように美しく繊細な闇も存在する」
ジャンヌとソフィアが雪に詰まれた洞窟の入り口を見つけたと同時に、その声は響いた。まるで聖堂に響く歌のように清く澄んだ、美しい声だった。
「誰しもが生きるに値すると思っている。でも、それを決めるのは神で…そして強者だ。私は死んでいる。名前を捨てたあの日から…ずっと死神を待ち続けている。私はスノウ…、私は純白。私は死」
洞窟が開いた入り口には二本の鎖が垂れ下がっており…冷たい風が流れ込み、悲痛に呻くように啼いた。その暗闇から仮面の女は姿を現した。
彼女は血で染まった自身の仮面の頬を撫でながら静かに、嘆いた。
ソフィアとジャンヌは身構えた。目の前の女は、只者ではない。闇に溶ける姿、雪のように澄み切った声…。
「私は永遠の森を見つけた。誰もが幸せになれる場所。私は…いや、彼女は理解した。永遠の命は、永遠の死と同じ…。この世界を癒す、唯一つの方法は…死だけだ」
彼女は身体をゆらりと揺らした。そよ風に傾ぐ、麦のように…自然に揺れた。
「貴方達も癒してあげましょう。この永遠の森で…永遠の癒しを与えます。慈悲の中…眠りなさい」
スノウは、雪を舞い散らせるように深く踏み込んだ。厚い雲に覆われた空に白銀の砂が舞いあがった。




