紅茶と火薬
少し、話したいことがあるので…例の場所に来てください。
立ち尽くしていたリアナ達に歩み寄る女。頭にはリアナ達同様に黒いフードを被り、身体はロングコートの中で隠れていた。小柄なのか大柄なのか判断しかねる女。しかし、その話しぶりから察するに、此方の事情を知っていて、声を掛けてきたと言うこと。テノアの部下か…それともスリント家ご用達の暗殺者達か。
答えは後者だった。
リアナ達は例の場所…。墓地の棺に隠れた地下の水路へと足を運べば、そこで三人の黒フードの男達が立っていた。
「こっちに来い」
暗殺者の一人(彼らは自身のことを暗殺者だとは名乗らなかったが、あからさまにそんな風貌だった)が踵を返し、フードに隠れた視線を肩越しにリアナ達に向けた。
最初の分かれ道を右に曲がり、続いて左…左、右、左?薄暗い水路の中を進む。壁はぬるりと湿り、何処からかネズミの鳴き声も聞こえた。思考を巡らせ続けるリアナだったが、薄暗さは己の方向感覚を奪い、思考を闇の淵まで沈めた。最早、自身が何処に居るかも分からなくなった。
「ここで待て」
暗殺者風の男が声を漏らした。そしてリアナ達を残して、薄闇色の湿気の中に姿を溶かした。
「来てくれて嬉しいぞ。まさか断られるかと思ってひやひやしたが…」
暗殺者風の男と入れ違いになるように現れたのは、スリント家の当主であるガイル・スリントその者だった。
「こんな所に呼び出すなんて…余程、お急ぎかしら?」
リアナがガイルに言葉を送った。
「その通りだ、よく分かったな?急いでいたせいで紅茶の一杯も用意できていない。獅子王様には不満だっただろう?でも、安心してくれ、この地下水路はこの国で一番美しい水路だ。お前達のデートに活用してくれ」
不満そうに表情を引き攣らせたリアナを見て、ガイルは満足げにほくそ笑むと、更に言葉を続けた。
「時間が無いのは本当だ。今日はお前達に忠告しに来てやった」
「それはありがたいのぉ」
ガイルを睨み付けるようにジオが髭を撫でながら言葉をもらす。
「いいか、良く聞いていたほうがいいぞ?この水路の上は…何処か分かるか?分かるはずだ、お前達はこの場所から上へ、そして城へと入り込む寸法だろう?大いに構わん、お前達が少数で忍び込み、あの猛獣を仕留めるなら私は手を貸す。だが、もし失敗したら?私は、既に白狼に目を付けられているし、お前達がやつを仕留め損なえば、私の命は無い。そこで、保険を掛けさせて貰う。お前達に分かるように説明するとだな…。そう、この四方の支柱に火薬を埋め込んだ」
「おいおい、いくら白狼がおっかないからって、俺達ごと吹き飛ばそうなんて、どう言う了見だ。え?おい?」
ガイルの言葉を聴いて、まずソラルが言葉を漏らした。その口調には困惑と苛立ちが込められている。
「お前達、馬鹿面の三人に俺の命を握らせる気にはなれないな。それに、私の相棒はテノアであってお前達じゃない。ご理解いただけたかな?」
ご理解できない。
「そもそも、何故わたくし達に告げたのか、解せませんわね。やるつもりなら黙って爆破させれば良いじゃありませんの」
リアナは肩に掛かった髪を撫でた。湿気によって広がった毛先が肌に触れ、くすぐったさと何とも言えない不快感に吐息を漏らした。
「もしこれが俺一人の立案だったならそうしただろうが、そうも行かん。今後のことを考えた上でテノアと俺が考えた作戦だ。まず、白狼は獅子王、お前の手によって殺されなければならない。やつの頭は完全に狂っているが部下達の信頼が厚い。もしただ単純に、身内に裏切られ暗殺されたと知れば、阿呆な北部の野蛮人は簡単には引き下がらない、それでは振り出しに戻るだろ?」
「つまり、わたくしに白狼を一人の人間として殺せと言いたいのですわね。魔法使いでもなければ炎の神ですらないと…彼らに教える。そうすれば、白狼を失った敵の残党の整理も付けやすい…と?」
「そういうことだ」
「なら、なおさら城を崩壊させる必要があるとは思えませんけど?」
「理由はあるぞ。これが一番大切な理由だ。俺は第一に、お前達が白狼を殺すことが出来るなどと考えていない。狐が三匹で狼に勝てると思うか?まず無理だ。それに城に居るのは白狼だけではないからな」
スリントは、気持ちが良いくらいに日頃の恨みを晴らすかのごとくリアナ達を罵り終えれば、時間を気にするように辺りを見渡した。
「では、これで失礼する。欲しいものがあるんだ。こんな事にこれ以上時間は費やせないからな」
スリントは言うだけ言えば踵を返して暗闇の中に姿を消した。続いて一人、また一人と護衛の暗殺者達も消えていく。白狼の命よりも欲しい物…。




