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騎士名誉クラブ  作者: 雪ハート
永遠の森
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ゆらゆら

駐屯地には、大荷物を抱えた人々が行き交っていた。南部を失い、行く宛てを失った人々の表情は暗く。すすり泣いたり、呻いたりと言った悲痛の声が揺らめいている。

「皆さん、聞いてください。此処からまた少し西に歩いて我々の城の近くの町に向います。そこには家も食料も有りますから問題ありません。少し休んで、三十分後に出発しましょう」

兵士の一人が避難民達に語りかけるように言葉を紡いでいるのに聞き耳を立てながら、ジャンヌとソフィアはただ歩いた。そして川の辺で漸く座り込んだシルヴィアを見つけ出した。

「私に任せてくれ。ソフィアは、兵達の物資が置かれたテントを探してくれ」

ジャンヌは薄く微笑みを零しながらソフィアに語りかける。ソフィアはただ頷いて、踵を返して歩き出した。


シルヴィア、大丈夫か?

ジャンヌがシルヴィアの背後から言葉を掛ける。シルヴィアは透き通った川の水面から手を引き抜きながら振り返った。

「血が…。わ、私の血じゃないんだけど…取れなくて」

シルヴィアは白く長い指をジャンヌへと向ける。川の水に浸かり、寒空の下に晒された手は、僅かに変色して…寒さか、はたまた恐怖か…。小さく、小さく震えていた。

ジャンヌは彼女の隣に腰を下ろして、優しくその手を撫でた。冷たいその手の爪には、固まった赤い血の塊が、彼女の心に入り込むように隙間へと入り込んでいた。

ジャンヌは、彼女の指先を自らの口へと導き、キスをするように優しく血を吸い出した。口内に広がる鉄の香り、視線を上げるとシルヴィアの潤んだ瞳と、朱色に高揚する彼女の頬が視界に映る。

「ほら、取れた」

血の塊を爪から吸い出した後、川の水で数回軽く濯げば、シルヴィアの指は元の長く綺麗に戻っていた。

「ありがとう」

シルヴィアは、消え入りそうな声でそう呟くと、ジャンヌの肩に自らの頭を傾けて添える。密着した身体の熱を感じながら、シルヴィアは初めて、ジャンヌに対する感情が芽生え、蕾へと変わるのを感じた。

「ねえ、このまま町で暮らしましょう?ソフィアも連れて三人で…」

シルヴィアの言葉を聞いたジャンヌは、数秒黙り込んだ後に微笑を浮かべるだけで応答は無かった。

シルヴィア自身も、ジャンヌが肯定的な返事を返すとは微塵も思わなかった。ただ、自身の言葉を聴き、自身の好意を示したかった。分かっている。こんな時でさえ、私は身勝手でわがままな女なのだ。

「そなたは彼らと行くがよい。私とソフィアには、まだやることがある」

「私を置いていくの?」

「嗚呼、そなたには生きていて欲しいからな。そなたは、私とソフィアにとっての希望だから」

何故だろう。ジャンヌにそう言われる気がしていたのは。そしてそう言って欲しい自身がいたのは…。彼女と一緒にいたいのが望みだ。でも、自身ではそれを助けることも出来ないだろう。

「なによ…。私は邪魔者扱いなの?」

「違う。ただ、覚えていて欲しい。この旅の事を…そして私達の事を…。そなたは生きて、忘れないで欲しい。それが私達の希望になるから」

嗚呼、そうか…。ジャンヌの強さは、意思の強さだ。死を恐れながらも正面から向き合える強さにあるのだ。もし、上手くいって世界を救えたとして、それが誰に分かる?何も残らないまま、未来は過去となる。彼女達の高潔さを知っている人間が一人でもいたなら…、それは彼女達にとっての何よりの救いとなるだろう。

「そう…分かった。なら待ってるわ。仕事を終わらせたら真っ先に私に手紙を送りなさい」

シルヴィアは顔を伏せて、目尻に微かに浮かんだ涙を拭い取った。

「ああ、約束する」

「あなた達は本当に馬鹿だわ」

苦笑を浮かべながら悪態をついたシルヴィアは立ち上がりジャンヌに背中を向ける。

「待ってくれ。少し、頼みを聞いてもらえないか?」

ジャンヌはシルヴィアの背中を眺めながら呟いた。振り返ったシルヴィアにジャンヌは何処か後ろめたさを感じさせる苦笑を浮かべた。





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