赤い光1
遅い…。ソフィアはそわそわと身体を悶えさせる。木々の隙間に入り込み、山の陰に身を潜める太陽は、日差しを湿った大地に注ぐのを忘れているようだ。肌寒い風が大地を撫でる。大地は、鳥肌を立てるように風の波紋を広げて雪をちらつかせる。
「いつになったら来るの?早くしないとシルヴィアが危ないかも…」
ソフィアは浅黒い岩陰に身を隠しながら背後で眠りに付こうと瞳を伏せるジャンヌに問い掛ける。
肥えた商人に案内させた敵の砦は想像以上に大きく、正面から踏み込むのは、自殺志願者くらいなものだろう。ジャンヌは、商人に二度と戻らぬように釘を刺せば、尻を蹴り上げて追い出し、砦全体を見渡せる、見晴らしの良い場所に移動しようと提案した。そして、鳥が羽を休める如く探し出したのがこの場所だ。
砦の直ぐ10m隣に備えられた岩山そして崖。二人はおよそ一時間以上の時間を費やし、山を周り崖を上った。その頃には、夕暮れ時か、白銀の大地を夕日が火をつけて回っていた。
「見ただけでも数十人はいる。ほとんど軍隊だ。私達だけではそうしようも出来ない。距離もそう離れていないし、味方の討伐隊が攻めるのは深夜か、夜明けごろだな…。それまで待機しよう」
などとのん気な事を告げているのだ。ソフィアは、シルヴィアが苦痛に耐えかねているのではないかと心配で、時折、岩陰から顔を覗かせては砦を見下ろしていた。
数時間が過ぎた。ジャンヌは岩陰に身体を寝かせて小さな寝息を立てている。ソフィアには暗闇の中、兵達がこの砦を囲み、なにやらこそこそと準備をしているのが見えていた。
ボンッ!轟音が暗闇を振るわせた。
夢の奥に沈んでいた意識が一気に引き上げられる。
ジャンヌは、飛び起きれば剣を拾い上げて、辺りを見渡した。
砦の中で燃え上がった火柱が、櫓を引き摺り倒して、暗闇に沈めていくのが見えた。
くそっ。予定より早いとはいえ、寝過ごすなんて…。ジャンヌは自身を罵りながらソフィアを探す。しかし、彼女の姿は何処にもなかった。
何故、ソフィアは私を起こさずに先にいったのか。どうしてもそんなことを考えてしまう…。今は、そんなこと…些細なことだ。戦いに集中しろ、シルヴィアを助け出すことに集中するんだ。
ジャンヌは心の中で言葉を反復させ、岩陰を滑り降り、暗闇の中に駆け込んだ。
シルヴィアには何が起きているのかが分かった。彼女は部屋の隙間から敵が慌てふためいているのが見えたからだ。南部軍…、今は獅子王の軍と喩えるのが正しいだろう。彼らが此処を見つけて攻め落とさんと血を盛っている。逃げ出すなら今しかないのだが…扉にはしっかりと施錠されている。普段は風呂にも入らないような不潔さを漂わせているくせに、なぜ、こんな事には繊細なんだ。シルヴィアは苛立ちをぶつける様に扉を蹴り上げる。開かない、開くわけが無い。彼女はあきらめて部屋の隅に塞ぎ込めば、扉がゆっくりと口を開いていく。
そこには一人の男が立っていた。松明に照らされたその顔は、兵を殺して返り血に赤く染まっていた。
「よし、ここから出るぞ。お前の価格は最高値だ。ここが駄目でも、ほかの場所で高く売れば良い。さっさと歩け!」
シルヴィアを乱暴に引き摺りながら男は部屋を駆け、廊下を走り抜ける。そして、出口に着くなり、男は獅子王の兵と縺れ合った。シルヴィアは二人に弾き飛ばされその場に倒れこむ、そして視界の中に血を浴びて消えかかった炎を灯す松明が映った。
男は、兵の剣を上手くかわし、腹部に剣を突き刺した。兵が倒れこむのを見届ければ、地面に付したシルヴィアに手を伸ばす。それと同時にシルヴィアは、目の前の松明を掴み、その熱を帯びた箇所を男の顔に押し付けた。
「ぐおおお、この娼婦!ぶっ殺してやる」
男は痛みに悲鳴を上げながら、その場に蹲った。シルヴィアは、立ち上がり扉を開き、外へと駆け出した。




