灰の街
目指すは北の果て。そう意気込んでいたものの道のりは遠い。灰のような色をした雪がソフィアの顔に冷たく降り注ぐ。見渡す限りの木々。空。雪。雪。雪。もう随分と歩いているが一向に進んでいる気配が無い。もしかしたら、本当に進んでいないのかも…、そんな感覚すら湧き上がってくる。降り積もった雪に足を取られないように意識を集中させる。そんな為か、三人とも口数は少なくなっていく。雪肌を強い風が撫で、白い粉末が巻き上がる。渦を巻き、青く澄んだ空気の中に溶けていくのが見える。
それから数時間、無言の時間を過ごした。身悶える素振りも無いブラッドメイヤーが吼えた。その声に一同は顔を上げて、雪の中に目を凝らした。
何が見える?明かりだ。家が見える。雪の集落だ。
地獄に舞い降りた天使の如く、砂漠の中のオアシスの如く。雪の中の集落は、神々しいまでに淡い輝きを放っていた。
もう少しだ。皆、頑張れ。
ジャンヌの励ましも遠い残響のように聞こえる。ソフィアは溜息を吐き出した。凍て付く息が宙を舞った。
「何しにきた?」
街の前にいた男が問い掛ける。衛兵とは程遠い装備から…恐らくは自警だと思えた。
「一晩を越せる場所を探している。別に騒ぎを持ち込むつもりも無い」
ジャンヌの頭に雪が降り積もる。その雪をふるふると払い落としながらジャンヌは言葉を並べた。
「この街はよそ者は入れない。特にお前達みたいな南部のやつらはな。お前たちは騒ぎしか持ち込まない」
「私達が追われているように見えるのか?此処からもっと北に行かなくちゃならないんだ」
男は、少し考えた後、街の門を開いた。四方を木柵に囲まれた寂しげな村。その蹴り倒せてしまいそうな門をゆっくりと開いた後、鋭い目線と言葉で迎え入れる。
「少しでも妙な動きをしてみろ。北部の狼軍に突き出してやる」
どうやら、手厚い歓迎は受けられそうになかった。
雪の中で錆びた匂いを漂わせる鉄屑の残骸。打ち付けられる鍛冶の音。微かな熱気が粉雪の中でダンスを踊る。それ以外は何も無い。静かで、静か過ぎる静寂の中でソフィア達は宿を探した。家の隙間を縫って歩く中で住人の吹雪の如く冷ややかな視線を感じる。本当に歓迎はしてくれていないらしい。長居は出来ないようだ。
目当ての宿は直ぐに見つかった。小さな集落であった為か、マンモスの異様な看板のお陰か、どちらにしても嬉しいことには変わりは無い。ソフィア達は全身に張り付いた雪を払い落として扉を開いた。
部屋の中心でごうごうと炎が燃え上がっている。暖かな光にジャンヌ達は手を翳す。(ソフィア自身は、余りぬくもりも肌を突き刺すような寒さは感じれていなかったが、二人の様子から余程寒かったと言える)
シルヴィアは、身体に毛布を巻きつけて、炎を前に丸まってしまった。隣に、ブラッドメイヤーがくうくうと泣き声を漏らしている。
「少し寝るから起こさないでね」
一言だけ告げた彼女は、毛布に包まり芋虫のように数回くねくねと身体を揺らすと直ぐに寝息を立て始めた。
「疲れたのだろう、そっとしといてやろう」
ジャンヌは苦笑しながらソフィアに言葉を並べる。
「何か食べるものでも買ってくるよ。乾燥したカシスの実を食べ続けるのにも限界があるし」
「わかった、私も同行しよう」
「いいよ、ジャンヌは温まっていて?」
「いや、私も同行しよう」
こうなった彼女を説き伏せるのは難しい。こういうときは、いつもソフィアが先に折れるのだ。
「じゃあ、行こう」
二人は、シルヴィアとブラッドメイヤーを残して宿を後にした。




