水の音
目の前には小さな教会があった。微かに焼けた匂い、壁についた墨の汚れを除けば、記憶の中の物と相違ない。
「ヴァイスロイから話は聞いています。中にどうぞ」
リアナ達は促されるままに中に入った。テアノが何故この場所を選んだのか…。恐らくはたいした理由はないのだろうが、リアナにとっては不思議な巡り会わせを感じざる得ない。
「合図があるまでは此処で身を隠していてください」
兵士が言葉を紡ぐ。
「合図とは?いつまで此処にいればいい?」
ソラルは、教会を見渡しながら問い掛ける。
「合図は直ぐに分かります。見逃しようがない」
なるほど…。この兵士はお世話係というよりは監視なのだろう。テアノ自身も、相当に気を使っているようだ。
「あと、城への侵入ですが…。こちらに、地下道があります」
地下道?初耳だ。そんなものが在ったとは気付かなかった。恐らくは、ジャンヌも気付いていなかったのだろう。
人気の無い教会からは埃の香りがした。安心する匂いとはいえない、砂を被ったような気分にさせられる。
裏口から外に出ると、小さな墓地が広がっていた。その中の一つに地面に放り出されたような古臭い石の棺桶があった。この中に隠し通路があるのだろうか?リアナはその棺桶の蓋を持ち上げてみる。砂が落ちる音とより強い埃の匂いが立ち込める。リアナは咳き込みそうになるのを必死で堪えた。
棺桶の中は、見事なまでに空っぽだった。良かった。まさか、ミイラの下に隠されているなんて事になれば、気味が悪くて躊躇してしまいそうだったからだ。
「この棺桶は特殊でして、開いても何もありませんが…、此処を押すと」
兵士が棺桶の前でしゃがみ込む、開くために指を掛ける淵の近くに紋章のようなものが刻まれている。そこを兵士が軽く指で叩くと、棺桶がゆっくりと横に移動していく。どうやら棺桶に仕掛けがあるのではなく、棺桶の下の地面そのものに仕掛けがあったようだ。
「城に侵入する場合は、此処から入ります。地下は水路になっており、非常に入り組んでいますから、道案内なしで入ってはいけませんよ?どこに出るか分かったものじゃない」
「貴方が道案内?」
リアナが薄く笑みを浮かべながら問い掛ける。
「ええ、私は城までの道を把握しています。それでも、万が一に備えて印しは残していますから…」
「そう、なら安心しましたわ」
「後、城に入った後は、どうなるか分かりません。ヴァイスロイの策で城内の警備は多少減ってはいるはずですが…。警備の配置も不明です。作戦の決行前に白狼に感づかれてしまうと終わりですから、危険は避けたい」
「俺たちの危険は倍増だがな」
ぼそりと呟いたソラルに賛同するようにジオも髭を撫でながら、ふむふむと頷いた。
「ところで、この場所にこんな地下道があるなんて…どうやって知りましたの?」
「サー・スリントの情報です」
「ほほう、情報源としては些か、信憑性に欠けてきたのー」
ジオが不満そうに唸った。
「スリント?誰だ?」
そんな様子にソラルは首を捻る。
「敵軍にいた貴方は知らないでしょうが…泥棒の親玉ですわよ。以前、彼の養子と仕事をしたことが有りましたけど、口の軽さは義父譲りかしら。それに、サー・スリントは自身の不利に傾いて、白狼の軍に下ったと聞きましたけど」
「騎士も名だけだな」
「貴方が珍獣なだけですわよ。今時、義理や人情や使命で生きている人なんていませんわよ?」
リアナはソラルを一瞥した。
「そのスリントから情報を得ました。以前は盗賊ギルドのたまり場でしたが、今は放棄したとの事です。スリントは確かに利己的な男ですが、白狼に心酔しているわけでは有りませんからね。恐らく、待ち伏せの心配もないかと」
「嫌な予感しかしませんけど?」
「まあ、行き当たりばったりは嫌いじゃないがの」
ほほほと楽しげに笑うジオにソラルとリアナはジトッとした視線を向けてやった。




