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騎士名誉クラブ  作者: 雪ハート
永遠の森
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月と太陽

テアノは馬車に揺られた。肌寒い風は消え、緑の芝生を揺らす涼しい微風が駆け抜けた。この風景を失うのは…なんと勿体無いことか、感受性を失った人々が求める神の救いの手は…なんて凶悪で、残酷なのだろう。今なら間に合う?嗚呼、きっと間に合う。

そよ風に揺れるテアノの黒髪を眺めていたリアナが沈黙を破った。

「今気が付いたんですけど…貴女の手…」

リアナが僅かに気まずそうにテアノに囁く。テアノは、だらりと揺れる服の袖を捲り上げる。左手の手首から切断されていた。

「ああ、気にしないでよ…。これは私の秘密兵器みたいなものだからね。行方知れずの私の左手に感謝する日がくるかもね」

「そう…。本当によろしいんですの?わたくし達に手を貸して…」

「迷惑?同胞達が死んでいくのにただ見てるなんて真似…私には出来ない。それに、片方だけの手が役に立つなら、幾らだって貸してあげるよ」

「貴女…、本当にボニファティウスの部下なんですの?なんというか…凄く…」

緩い感じがする。とは敵の副王に面と向っては言えなかった。

「はははっ、よく言われるよ。私はどこか抜けているってね。私は甘いな…、でも、こんな私を慕ってくれる部下も多い。君たちが思うほど…私達は化け物なんかじゃないよ」

「そうみたいですわね…」

テアノを見てると、リアナは自分が何と戦っていたのか、よく分からなくなる。

「そろそろだね。ほら、女王様も殿方も、これに着替えてよ」

テアノは薄い微笑を零しながら、鎧を差し出す。それは白い鎧。『神の軍』が着ていた鎧だった。


王の庭跡地、そう名付けよう。以前の騒がしさは無くなり、灰色の煙が黙々と空を覆っていく。色鮮やかに彩られたあの場所は、寂びた鉄くずのように冷たい。

橋は降ろされており、門の前にはリアナ達と同じ鎧を纏った衛兵が、酒を片手に数名で盛り上がっている。テアノは緊張する様子も無く、三人の兵士(仮)を連れて衛兵たちに歩み寄る。

「よお、巡回か?これは、極上の娼婦を連れてきたってわけか?お前たちの後でもいいから、俺たちにも回してくれ」

「隊長殿、自分は我慢できそうにありません。俺の父も祖父も、黒髪の女と結婚していて、自分も黒髪が大好きであります。ぜひご命令を」

ぶはははははっ。

衛兵たちは相当に酔っているらしく、リアナ達が巡回の帰りに、娼婦(テアノ)を連れてきたと思っているらしい。身体をふらふらと揺らして橋に蜂蜜酒の甘ったるい香りを振りまいている。

「ははは、おもしろい」

テアノはニコリと笑みを零しながら、右手で何かを見せた。すると兵達の表情から笑顔が消え、血の気が引いていくのが分かった。手に持った酒を橋の下に投げ捨て、ふら付いていた足は、嘘だったかのように地面と垂直を保ったまま動かなくなる。

「ま、まさか、ヴァイスロイだとは思わなくて…」

「気にしないでよ、さあ、通してくれ」

「はっ」

兵士達は、余程慌てていたようでリアナ達には目もくれずに門を開いた。運が良かったのだろうか…今回は彼女の見た目の良さに感謝すべきだろう。もっとも、彼女は不服そうだったが。


「此処で分かれよう、私は城に行くから…君達は、この道を真っ直ぐに進んだ先にある、小さな教会で私の部下と会って。指示はそいつから聞いてね」

リアナは、この道を覚えている。以前はこんなに焦げた匂いは無かったが…、秋には落ち葉が敷き詰める道、鍛冶屋の音、小麦の香り…。小さな教会。騎士団の本部だった場所。嗚呼、忘れたくても忘れられるはずが無いだろう。




テアノは、兵に連れられ城を案内された。見慣れない、歩き慣れていない城に響く靴音が、テアノの心を落ち着かせなくしてしまう。

「白狼、ヴァイスロイが来ました」

とある個室に白狼と数人の幹部達がいた。グラヴァー将軍、諸侯の騎士たちの姿も見て取れる。白狼は、窓辺に腰掛けて、窓の外を見ていた。ただ、燃える瞳を曇り空へと向けている。

「ヴァイスロイであるテアノから、今後の防衛について多少の変更を加えたいとの提案があった」

「流石は、アレクシス。お耳が早い」

アレクシスはテアノに疑り深い視線を向ける。テアノはそんな彼にニコリと笑顔を向けた。

「見せろ」

白狼は、立ち上がり、テアノから命令書を取り上げる。彼女は、テアノから説明を聞く前に王印を押し付けた。

「正規の軍はグラヴァーが、予備軍はテアノが指揮する。尚、私もグラヴァーも指揮できない状況下に措かれた場合は、テアノに全指揮権を与える。然し、『神の軍』はこれに当て嵌まらない。これでよいか?」

白狼は、再び窓際に腰を下ろして言葉を並べた。テアノ自身も此処まで簡単に事が運ぶとは思っても見なかった。

「光栄です。我が王」

テアノが、頭を下げる。

「待たれええい、本当によろしいのですか、白狼。このような小娘めに委ねて」

声を張り上げたのは、マーウッドだった。彼もまた、アレクシス同様に、領主だ。

「よい。私は彼女を信頼している。彼女の考えた策なら問題はないだろう。もっとも、お前がこれ以上の策を用意して私に意見するというのなら、認めよう」

マーウッドは口を閉じた。それでも表情には不服の色がにじみ出ている。

「然し、危険では?獅子王の軍がまだ動いている以上、いきなりの防衛策の変更は混乱に関わります」

ごもっともな意見だよ、アレクシス。

「彼女は幼い時、先王ボニファティウスを庇って足に矢を受けた。そして、左手は私を庇って失った。彼女は我が軍の鏡だろう?そして、紅茶を啜るだけのお前達。私がどちらに加担するか、考えてみたらどうだ?信頼が欲しければ、さっさと雌獅子の首を私に差し出せ。その後に、紅茶を飲みながらゆっくりと話を聞いてやる」

その言葉を聞いて、反論の言葉は無くなった。一礼をして部屋に背中を向けるテアノ。一秒でも早く、この場所を去りたかった。勘繰られるのは余り好きではない。誰だってそうだろう。

「軍の監視が緩いからっていい気になるなよ?私は白狼とは違い、お前を信用していない。お前を見ている。これだけは忘れるな」

背後から呟かれた言葉、テアノは振り返りもせずにその場所を後にした。






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