暗闇から覗く目
「それで、二番目に偉い方が、私達になんの用かしら?」
リアナの問い掛けにテノアは思考を巡らせた。言葉を選ばなければ言わずもがな、自身の身が危険に晒されてしまう。
「厳密に言えば、三番目だが…。言っただろう、共通の敵がいると…私も君も、白狼には手を焼いている。困ったことにね」
「あら、貴女の王でしょう?」
「表面上はそうだ…。でも、現実的には違う。私達、北部の人間の王は先代のボニファティウスただ一人だよ」
「でも、その王は死に…、代わりに白狼が王の座に着いた…」
「確かに…先代が選んだ王なら、その意思を継いでくれるものだと期待していたのだけど…。あれ程にまで、道義心に欠けた人間はいない。寧ろ、彼女が悪魔でいてくれた方が良かった…が、残念だけど…彼女は人間だ。私達の一部も危惧しているよ。彼女を王にしたことを、そしてこの国が滅び行く手助けをしてしまったことを…。だから、お互いに仲良くしよう…。私は彼女を差し出す」
「それで、見返りは?何が欲しいんですの?」
リアナの言葉を聞くなり、テノアは溜息をついた。
「勿論、欲しいものはある…。休戦協定と南部の領土の一部を我々にくれないかな?別に、南部の全主権を譲れと言っている訳じゃない。ただ、一部が欲しい…それだけだよ」
「本当に白狼を倒せる算段がありますの?」
リアナは半ば、半信半疑でテノアに問い掛ける。
「もし、その条件で私が合意したとしても、白狼を討ち果たさなければ、私達は愚か、貴方達まで危険に晒されますのよ?」
リアナの意見はもっともだ。テノアは右手を再び紅茶に伸ばした。香ばしい香りに包まれた脳は…深い安堵感の海に浮いているような感覚だ。
「問題ない。そして、作戦は完璧だよ…上手くいく。保証するよ」
「そこまで言うのなら…その作戦を聞かせてもらえる?」
作戦自体は分かり易いものだった。防衛隊の再編成および、予備軍の指揮官変更。つまり、攻められた際には、幹部達は、文句の一つも口にすることは出来ないまま前線に駆り立てられる。そして、諸侯の予備軍が街や領土の防衛を受け持つ。
その予備軍の指揮権は、ヴァイスロン(副王)であるテノアが持っている。それを逆手に取り、諸侯の領土を掌握し、幹部も捕らえる。前線は一気に持ち上がる。そういう流れだ。
実に上手く出来ているが…同時に途中段階で作戦に気付かれてしまうと対処がし難い。二つ、伝令の存在が厄介だ。反乱が始まれば、ボニファティウスはすぐに気付く。いくら王公認の命令書が在ったところでボニファティウスの一言で紙切れ同然になる。指揮系統を乱すために伝令は途中の道中で潰す必要がある。三つ、その新防衛編成は、まだ認められていないとの事。言わば、幻の夢の中の作戦だ。
「近く、王都で軍事が開かれる。その時に白狼に直接、この提案を申し立ててみるよ。勿論、怪しまれること無く遂行する自信がある。白狼の了承と王印さえ貰えれば、途中に感づく勘のいい幹部がいたとしても文句など言えるはずが無いからね」
「伝令の対処はどうします?」
「そこは、此方に任せてくれて構わない。少しの時間くらいは稼げるはずだよ。君達は、軍会議の時に私と共に『王の庭』に入り、作戦の開始まで潜伏していてもらう。作戦が始まったら、君達は直接白狼の元に行き…後は煮るなり焼くなり捕らえるなりしてくれて構わない」
「殺すほうに一票だ。一度アイツを生かして痛い目にあってるからな」
今まで沈黙を貫いていたソラルが口を開いた。ジオとモルトも同意だったようで静かにコクリと頷いた。
「王都の攻略は君達に任せる。私の管轄外の『神の軍』なる変人達もいるだろうから注意は必要だ」
「城を落とすのは私達の役目のようですし、軍の指揮官も必要ですわね。モルト、お願いできる?」
「勿論です、リアナ様」
「私たちが街中から橋を降ろすから、貴方は軍を率いて街を制圧してくださいな。ジオ、ソラル…二人は私の護衛よ、死んでも私を白狼のもとまで守り抜きなさい」
「命に代えましても」
「リアナ様をお守り致します」
二人は嬉しそうに言葉を紡いだ。




