リアナ-凍結-
リアナ達は、白銀の大地を蹴り上げながら走った。背後には無数の敵影。
『嵐の終わり』城まで逃げ切れれば凌げるかもしれないと、リアナは僅かな望みにかける。それも、敵と接触し敵を切り伏せる度に、間違いではないかと意思の天秤が着実に傾いていくのだが…。
「リアナ様、あれを…」
モルトがリアナに呟きながらある方向に指を向ける。
リアナが視線を向ければ、紛れもなくボニファティウスの姿があった。漆黒の鎧の間接部分から赤い鮮血が滴っている。どうせ逃げ切れないなら、この場所で一矢報いてやろうではないか。リアナは密かに考える。
南部と北部を別ける巨大な川『砂漠の花』は地平線にまで伸びており、足元は硬い氷に覆われている。その氷河はすでに千年前から一度も溶けた事がない、この国の中心。
ぶつかり合う鉄と鉄の音。氷の床を蹴り上げて巻き起こる粉雪のような粉塵の間を縫うように進み、リアナは白狼を対峙する。
「獅子王の娘…。今はお前が北部の王か、小娘」
白狼は、リアナの顔を眺めた後に静かに告げる。
「貴方がわたくしの父にしてくれた事への報いを受けて貰いますわよ」
「くふっ、獅子王は私と一騎打ちで負けたのだぞ?最早、王を名乗る資格もなかった。そして、お前もそうなる。手を出すなよ…私の獲物だ」
白狼は楽しげに言葉を零す。彼女の本心は変わらない、純粋な狩人で、何よりも獲物とのやり取りを好む。
「片手間で済ませるつもりですの?随分となめられたものですわね」
白狼は片腕を失っている。それでも決闘を受け入れたのだ、よほどの自信があるのだろうか。そう考えるリアナの疑問は杞憂に消えた。
「それは、私の決めることだ」
白狼は、ロングソードを片手で持ち上げた。それを起用に揺らしながらリアナへと足早に距離を詰める。相変わらずの馬鹿力だ。彼女の身体が引き締まっているとは言えども、どこからそんな力が出ているのか、甚だ疑問だ。
振り下ろされる剣をリアナは受け流した。行き場を失った剣先は、凍った大地に突き刺さる。リアナはそのまま白狼の首を目掛けて剣を横に振る。白狼は避けるどころか、足を一歩踏み出し、硬い鎧の肘で剣を受けた。本来なら、痛みで悲鳴が聞こえるはずだが、相変わらず…白狼の声は愚か、息すら乱れる様子はない。リアナは、開いた腕に巻きつけられたバックラーを白狼の胸に押し当て、足を踏み込ませ、その腕を自らの肩で押し上げる。バックラーが、白狼の鎧を弾く。
白狼はバランスを崩し、二歩、三歩と後退する。リアナは、追撃と足を踏み込み、剣を振りぬく。剣は、白狼の鎧の表面を擦れた、白狼自身が身体を更に反らせて斬撃を避けたのだ。リアナは、流れるような動きを維持しつつバックラーを抱えた手を振り抜いた。硬い鉄製の盾は、鉄の拳となり、白狼の兜を叩き付ける。白狼の頭が傾いた、脳はぐらりと揺れて、吐き気に身を悶えさせるだろう。そう考えるリアナの思考は間違えであったと悟る。白狼は、膝を着く所か、上体を起こして、反撃の一撃を繰り出す。
「くっ」
リアナは、大剣の切っ先が顔の横を擦れるのが分かった。微風が髪を靡かせる。咄嗟に身体を反らさなければ、今頃、真っ二つに引き裂かれていただろう。リアナは、傾いた体を無理矢理に起こして、白狼の腹部に蹴りを見舞った。再び、相手はよろめき距離を取る。
「ははっ」
白狼の兜の中から嘲笑ともとれる小さな笑みが漏れた。
「予想以上にやる。小娘だと思って、いたが…。ふう…どうやら、片手間では済みそうにないな」
白狼は再び、一歩、一歩と後ろに下がる。逃げる気か?
リアナの背後では、兵たちが剣をぶつけ合う音が響いている。
「お前と踊るのは楽しいが…、歓喜の時間は、短いものだな。時間切れだ」
白狼は、くくっと不敵な笑みを零した。ニヤニヤと浮かべた笑みが不気味だ。
「あら、魔法使い殿。楽しい魔法の舞踏会は終わりですの?」
リアナは、相手の意図を察せないまま強気に言葉を放つ。
「嗚呼、お前と別れるのは名残惜しいが…魔法も永遠じゃない」
白狼は、膝を曲げて片手を氷盤に伸ばした。彼女の手が乾ききった氷の床を撫でる。そして、ほんの一瞬、愛しそうに撫でる手から白い湯気のような熱気が放たれたような気がする。
ドスンっーー。
氷の大地が揺れた。重たく、濁った悲鳴を上げるように…。その瞬間に、リアナは強烈な悪寒を感じ取った。吹き抜ける寒気でもなく、降り積もる雪の冷たさでもない。ただただ、背筋も凍りつくような、気持ち悪さが背中を這い上がる。
「下がれー!!河からでろーー!!」
リアナが、自軍に声を張り上げた。兵達は、驚いた顔で辺りを見渡す。
「お前たちの、魔法の時間は、終わりだ…」
白狼は、立ち上がり、無感情な言葉を並べた。そして、大地を強く踏みつける。
びしいいいーー!!
氷の大地に雷が落ちるような音が響いた。
轟音とともに、敵も味方も無関係に、割れた氷の大地が飲み込んでいく。




