彼方
ベッドから起き上がれば、既にカーテン越しに淡い陽光が射していた。闇夜の帳をかき消す陽光の如く、ジャンヌの心もまた晴れている。決して気分の良いわけではなかったが…。
視線の先にはソフィアが寝ている。柔らかい枕に顔を埋め、薄く小さな唇の隙間から零れる寝息が、彼女の頬にかかった巻き毛を揺らす。
ジャンヌは、窓を開き、朝霧を揺らす風を部屋に招き入れれば、コートをはおり紅茶を淹れた。もわもわと立ち昇る蒸気を眺める。ジャンヌが飲みもしない紅茶を眺めていると、扉をノックする音が聞こえた。
「少し良いかしら?」
シルヴィアが扉越しに呼びかけてくる。ジャンヌは扉を開き、彼女を招き入れる。
「夜は楽しそうだったわね。別に、此処は私の家だとかなんとかケチを付けるつもりはないけど」
ジャンヌは、熱い紅茶を零しそうになりながらも言葉を続ける。
「すまない、色々あって…まあ、その…成り行きだ。所で、何か用だろうか?」
ジャンヌは、出来るだけ平常を装いながら、気恥ずかしい話題からシルヴィアの意識を逸らせた。
「どこから話せば良いのか分からないけど、私も貴女達に同行することにしたわ」
少し、端折りすぎだ。余り口上手ではないジャンヌですらも、此処まで相手を困惑させる言葉を前座に添えたことはない。
「まあ、最後までとは行かないけど…途中までは一緒に行ってあげるわよ」
「なぜ?」
「何故って…嬉しくないの?」
「危険だ」
「危険だから一緒に行ってあげても良いと行ってるのよ?怪我を見る役も必要でしょう?それに、王都はもう廃墟なわけだし、此処にいても危険だわ。別に、貴方達が心配だとかそんな考えは持っていないから勘違いしないでよ」
シルヴィア…お前、ツンデレだったのか。そう言い掛けたがジャンヌはその言葉を胸の奥に押し込めた。
「然し、俄かには信じられなかったが…王都は本当に墜ちたのだな。つまりは…白狼はわざと捕まったと?」
「入念な計画が実った、という所ね。でも、自身の片腕を切り落とされる所は、計画に入ってなかったんじゃないかしら?あくまで演出を楽しむつもりだったのだろうけど、思わぬツワモノ登場といったところね」
そう告げながらシルヴィアはジャンヌが淹れていた紅茶に手を伸ばした。まだ湯気の立ち込める紅茶を、その艶やかな唇の隙間へと静かに流し込んでいく。嬉しくないと、ジャンヌは言葉を漏らした。結果として、彼女の王都を陥落させる計画に噛ませられたのだ。
「着いて来るのを止めはしないが…私はそなたを守る自信はないぞ。知ってると思うが、私は隊長とかそういった類の才は持ち合わせていない。すでに、沢山の人を死なせてしまっているし」
「ご心配ありがとう。でも、此処で薬屋としてやっていくには多少の護身術と言うのは必要なのよ?貴女に守ってもらうつもりなんて更々ないわ」
そう告げるなりシルヴィアは、懐から小ビンを取り出してチラつかせる。中には透明な液体が入っており、一見してただの水のようだった。
「ドルイド直伝の錬金術よ?私達にとっては、これは石鹸を作るようなものよ――――。まあ、作り方はどうでも良かったわね。取り敢えず、私にかかれば、この家の壁を全部ぶち抜くことも出来るって事よ」
ぶっ飛ばすの間違いだろう?本当に恐ろしい女だ。
理由はどうにしろ…彼女を此処に残していくと言うのは、確かに気分の良いものではなかった。ジャンヌは、誰も居なくなったこの場所を想像し、多少の名残惜しさを感じながらもシルヴィアに頷いて見せた。




