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騎士名誉クラブ  作者: 雪ハート
永遠の森
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言の葉

心の中の一番重要なことは、言葉にしない方が良いような気がする。それを口に出して、そして誰かに聞こえてしまうような事になれば、それは自身にとって重要では無いかのように思えてくる。勿論、それを聞かされた方は重要さなど理解できるはずもない。言葉という概念が生まれて多くの時間が経ったが…心の内を言葉として伝えるにはまだ未熟すぎる。

どうしてこんな事を伝えたか?それは、私の中の優先順位が大きく変わってしまったからだ。何よりも大切な事が、何よりも大切な人によって揺らいだ。だから、私は、この未熟で赤子のような言葉で、伝えたいと思う。私の中で何よりも大切で、何よりも憎かったある出来事の事を…。

分かるだろう?たぶん、分かると思う。私は、彼女に伝えたかった。理由はただ、それだけだ――――



炎の中で何かが揺らいだ。それは焼け焦げ、舞い踊る床の炭でもなく、砕ける硝子の屑でも無かった。黒い影だ…。影は、倒れる両親の背中に剣を突き立てた。背骨を砕き、内臓を貫き、肉を裂いた音が聞こえた。その言葉を比喩することは出来ない…本当に醜い。酷い音だったから。

私は…いや、幼い私は、燃える炎の隙間からそれを覗き見ていた。手には妹の手がきつく結ばれている。

妹のすすり泣く声で私は我に返った。燃え盛る炎の中で、竦む足を止めて、赤子のように泣いて、泣いて、泣き喚きたかった。けれども、それは出来ない。私達は、目を覆うような黒煙の中、ベランダへと向う。

「怖いわ。お姉ちゃん」

「大丈夫、私が助けてあげる。だからこの手を離したら駄目だよ?」

助ける…そんな根拠なんて無かった。私はただ、妹の涙を止めたかった。彼女の流した雫が、この炎を止めル前に乾ききってしまうから。

壁に手を這わせながらゆっくりと進んだ。片手の中で妹のぬくもりを感じられるように強く握り締める。

ようやく、そこに辿り着いたとき、空にはこの国と同じくらいの雲が広がっていた。薄暗い雲が空を飲み込み、頬に冷たい水滴が落ちる。

「ほら、もう大丈夫。雪だよ。アリン、雪が好きでしょう?」

雪か?雨か…。いや、雪だったはずだ。雪であって欲しい。

「パパもママも何処にいったの?お兄ちゃんは?」

「今、アリンの騎士様は私だよ。私が守ってあげる。兄が帰るまでの間…。だから、私を信じて跳ぼう」

ただ、目を閉じて、足を二歩ほど踏み出すだけで良い。ただ、それだけで良いんだ。

「無理だわ、出来ないっ」

アリンは、首を振った。お願いだ、アリン。

「無理よ、こんなところから跳んだら死んじゃう!」

跳んでくれ、一緒に。お願いだ。出なければ二人とも助からない、炎の手は直ぐ後ろまできていた。

私は思いっきり彼女の手を引いた、強く握り締めた手のひらに力を込める。

いやっ!アリンは手を振り回す、この手を振りほどこうと。

そして、私たちの身体が浮き上がる。まだ、跳んではいなかったが、足元が音を立てて崩れた。私の体は、崩れた瓦礫の中へと、沈んだ。背中に熱い何かが圧し掛かる。肌が焼けて、痛覚までも失っていく。アリンの手を握り締めていたはずの手は、行き場をなくして指を揺らすだけだ。そんな、嘘だ。どうして離したんだ。憎い私の手。私の身体。妹も守れない無力な自分――――

 


この話を聞いて、涙を流し、抱きしめてくれたのはソフィアが初めてだった。当たり前だ、誰にも話していなかったのだから。今でも、目を閉じれば、彼女の姿が瞳の裏に焼き付いている。ソフィアの抱擁に安堵しながらジャンヌは、ゆっくりと瞼を閉じる。

無邪気な笑みを浮かべたアリンの姿が見えたが、ようやく…さよならを告げても良いのでは?という気持ちがこみ上げてくる。目覚めるたびに、互いに大人になった姿を想像し、取り戻せない未来に涙を流す日。今まで受け入れられなかった自身、受け入れようとしなかった自身。終わりを迎える。彼女を乗せた命の船は、ゆっくりと地平線の方向へと進んでいく。彼女の船出を見届け、ようやくジャンヌは出発点に立つ。そして、いつか…彼女もアリンのいる国に流れ着くのだ。それは、とても素晴らしいことだと思う。

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