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騎士名誉クラブ  作者: 雪ハート
騎士クラブ編
7/111

ジョスト!ジョスト!ジョスト!

お互い同時に駆け出した。馬の蹄で蹴り上げられた茶色の土は、激しく飛散し、二人の疾走の軌跡を描いた。二人の間立てられた木の障壁に沿って、走る。距離が次第に縮まる。すれ違う瞬間に、眼前の黒騎士に向かって、リアナは槍を突き出すが、一瞬早く、黒騎士の槍がリアナの胸元に迫る。

鈍い音が響いた、巨大な紙が破り捨てられたような不快な音。黒騎士の槍は、リアナの盾を捉え、砕け散った。リアナの左手が盾とともに跳ね上がる、その衝撃は計り知れないだろう。

リアナは木の障壁を折り返し、ソフィアの元に戻ってきた。一方、黒騎士は、ゴリラさながら自身の盾を自身の鎧の胸元に叩きつけ、音を鳴らす。野性的な方法で、自身を、会場を鼓舞した。

「ふう、敵さんも、なかなかやりますわね」

兜を持ち上げ、顔を外気に晒す。汗に濡れた、黒い髪が爽やかな微風になびいた。

「水をいただけます?」そう告げるリアナに、ソフィアは無言のまま、水の入った木の器を渡す。

リアナはその水を頭から浴びた。黒髪を流れ、汗とともに頬を伝い、熱せられた鎧に滴り落ち、蒸発する。リアナは再び、兜で顔を隠し、先を見た。そして、同時に駆け出す。

まさに、銀閃。リアナの一撃は、黒騎士の胸元にめり込んだ。黒騎士は、辛うじて馬の上で堪えた。手綱をしっかり握りしめ、死んでも放さないと言うように。

戻ったリアナの槍は、砕けてはいなかったが折れて使い物にならなくなっていた。ソフィアは替えの槍を渡した。

今のは良く耐えた。リアナは内心で驚いていた。自身の一撃は間違いなく、盾の隙間を縫うように、あの黒騎士の鎧をへこませた。しかし彼の意識を剥ぎ取れず、彼は現に耐えたのだ。まあ、良い。恐らく、次はこちらの首元を狙ってくるだろう。確実に意識を刈るために。ならば、彼より先に槍を打ち込む。首元に、どこへなり…、こちらの方が早いのだから。リアナは一人で考えた。彼女の自信が不安に揺らぐことはないのだろう。

馬の咆哮とともに疾走した、相手目掛けて。すれ違う瞬間に、リアナとアレシュの目が合う、同時に槍を突き出すほんの一瞬、アレシュは目を閉じた、ほとんど無意識に。その隙を見逃さずにリアナの槍が銀閃を描く。黒騎士の喉元に食らい付いた槍は、鈍い音を立てて、砕け散った。まるで、ガラスの破片のように、日差しが重なり、光り輝いていた。

アレシュの意識は刈り取られ、黒い鎧に守られた、その屈強な身体は宙を舞った。

やわらかい土に身体を衝突させ、盛大に転がり落ちた。会場の誰もが息をのんだ。豪快な砂塵を巻き上げ、黒い鎧が変形するのが見える。

しかし、黒騎士はそのまま起き上った。「くっそ!」っと悪態を吐きながら身につけていた鎧を素早く脱ぎ捨てて行く。兜の形は変形して、アレシュの頭から外れなかった。彼は金貨の入った袋と、脱ぎ捨てられた鎧と、馬を置いて、ふらふらと従者らしき男に連れられて去って行った。静まり返った会場に笑いが起きた。

「タフな男ですわね」リアナは苦笑しながらアレシュが置いていった戦利品に手を伸ばした。ソフィアに元アレシュの馬と数枚の金貨を渡した。

「今日は解散、それで美味しい物でもお食べなさい?」そう告げたリアナは、かつて黒騎士の物だった鎧を抱えてそのまま背中を向けて、去って行った。

ソフィアは頭痛に足元をふらつかせながら、嵐の後のような静まり返った馬屋を後にした。


後日談だが、アレシュという黒騎士は、騎士ではなかった。北部から、わざわざ騎士を殺しに来ていたようで、あの高価そうな鎧は、まさしく戦利品だろう。噂では「影の同盟」とか呼ばれている暗殺ギルドの一員だとか…。ソフィアは、そのことをリアナに告げれば、恐らく違うだろうと否定された。わざわざ目立つ真似をせずに、ひっそりと、この街の騎士を殺せば良かったのだから。アレシュは間違いなく腕に自信のあるバカだと決定づけた。ソフィアもこの意見には賛同した。しかし、疑問もある、アレシュはどうやってこの街に入り込んだのか…、彼が騎士殺しで顔が分かっていた以上、橋にいる番兵に捕まっても、おかしくないはずだ。

とにかく、彼は抜けなくなった兜を外すために、鍛冶屋へ行き、数日かけて兜を外すが、近くでサボっていた衛兵数人に顔がばれて、敢無く御用となった。橋の番兵も同様にサボっていたのだろうか…。

この一件で警備状況も改善されるだろうと、ソフィアは彼に極小の感謝をした。



リアナに貰った戦利品の馬の名前は「ベルガモット」に決まった。他の団員達の前で、その名前を呼ぶことはないだろうけれど…。特にジャンヌの前では言わないように注意が必要だ。彼女は「ベルガモット」の意味がわかっているから、もし彼女の前で馬の名前を呼ぼうものなら、こちらは熟れたトマトのように赤面するだろう。ソフィアは食事を適当に済ませ、お風呂で汚れを落とし、慌ただしい一日に終止符を打つために、本部の客間のベッドにもぐり込んだ。酔いのせいで意識がゆらゆらと揺れる。明日はジャンヌと話せるだろうか…。ソフィアは、自身の意識が夢へと落ちる寸前まで、そんなことばかり考えていた。

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