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騎士名誉クラブ  作者: 雪ハート
永遠の森
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愛の火

「デニス、お前も混ざれ。俺と勝負だ」

グインは、携えた剣を振り回しながら、そう告げた。無駄な脂肪を蓄えた腹は揺れ、どの位、堕落した生活を送っているかが容易に覗える。足元にはミールがヤレヤレと禿げた頭を揺らしながら、振り払われた剣を拾い上げる。今日は、めでたい日だそうだ。長らく、この国を苦しめてきたボニファティウスの処刑日。街はお祭り騒ぎだ。

しかし、城に仕える兵達にとっては、めんどくさい日だ。王の剣術訓練だ。と言っても、これは形式上の物で、実際は王の機嫌取りの何物でもない。だってそうだろう?王との打ち合いで馬鹿真面目に王を打ち負かせてみろ。目を付けられて終わりだ。昔のグインは強かった。タフで、負け知らず。街を歩けば振り返らない女は居なかった。今は、その欠片もない。ただの太った王だ。今のグインなら、門兵にも負けそうだ。

「俺は、遠慮しておきます」

デニスは、中庭に備え付けられている椅子から腰を持ち上げる。交代しろと言わんばかりの強い眼差しを向けるミールを余所に、デニスは城を後にする。

背後から王の罵倒が浴びせられる。デニスの鎧は最高級の鉄の塊。どんな物も弾き返す(それが鍛冶屋の口説き文句だった。実際はただ重いだけだ)、それが王の罵倒であってもだ。


街は騒がしかった。死者の日。今日はその日だ。人々は仮装を楽しむように、髑髏の仮面を付けて、外を歩く。馬鹿高いドレスに身を包んだ骸骨。紳士的な骸骨。子供の骸骨。安物の服を着た一般的な骸骨。

骸骨たちは、昼間から酒を煽り。踊り、歌う。

デニスは、骸骨達の間を縫うように歩いた。街の家の壁は、塗料で青や赤に染まっている。花から抽出した液体の詰まった塗料を、桶いっぱいに汲んだ子供達が、はしゃぎ、家々の壁にぶちまける。

今日一日、こんな感じだ。骸骨達の宴は、まだまだ終わらないだろう。

そう思っていれば、目の前に見覚えのある犬が居た。ブラッドメイアーだ。今まで何処をうろついていたのか、そう言えば、妹も教会に帰ってきて居ない。僅かな不安を振り払い、ブラッドメイアーに歩み寄る。

犬は、吼えた。まるでデニスに何かを伝えたいようだ。歩き去ったと思えば、また振り向く。デニスは、そんな犬に振り回されているような感覚に陥りながらも、後をつけた。

犬は街の門で止まった。どうやら街の外に出たい様だ。デニスは、門兵に告げる。犬を出してやれ。

巨大な門が音を立てて開いた。犬は尻尾を振りながら、橋を渡る。その途中で、再び振り向いた。

よせよ、俺はいけない。

デニスは、悲しげな瞳を向けるブラッドメイアーに背中を向ける。そして門兵に告げた。門を閉じろ。

音を立てて閉じる門。その様子を、ブラッドメイアーは、無言のまま眺めていた。


処刑の時間まで、デニスは酒場で過ごした。そこが静かな場所ならなお良かったのだが、そんなのは無理だと分かっていた。骸骨達の喧嘩を肴に、酒を煽った。


死者は躍動する。高らかと声を上げた。薄暗くなった空を覆う雲を吹き飛ばそうとするかのように、笑い声は響き渡る。

処刑の時間が来た。処刑台に立たされる者の気持ちは分からないが、さぞや気分が悪いだろう。好奇心に煽られた観客のぎらつく瞳に見届けられて、神の国に旅立つ。もっとも、罪人は地獄行きだろうが。

ボニファティウスは、犬のように引き摺られながらも毅然と立っていた。身体は汚れ、痩せて、片手だけだが、野良犬のように瞳は生命のまま燃えている。赤く、赤く。

それを遠くから眺める王。隣にはアリアの姿が…なかった。

処刑はミールが進行する。手を下すのも彼だろう。

ミールは、禿げた頭を撫でながら、形式上の言葉をだらだらと吐き出していく。そして、ボニファティウスを跪かせる。彼女は全く抵抗しない。呼吸も乱さない。祈りの言葉も紡がない。妙な違和感だ。

骸骨たちは静まり、固唾を飲んで眺めている。

と同時に悲鳴が上がった。薄暗い空に悲鳴と煙が上がっていく。一つ、また一つと煙は空に架かる橋の如く、増えていく。

「何事だ?」

グインは立ち上がり、声を漏らした。

「ミール将軍の兵達が、民を襲撃しています」

兵の慌てふためいた口から、妙な言葉が飛び出す。



これで良いんだ。ミールは内心で呟いた。薄くなった頭から数滴の汗が浮かび上がる。悲鳴は広がり、街は燃えていく。

その様子を数秒間眺めた後、ミールはボニファティウスを解放した。

彼女は立ち上がり、薄く笑みを浮かべた。

「俺の判断が間違っていなかったことを証明してくれ」

ミールはボニファティウスに言葉を放つ。彼女は、燃えるような瞳をミールへと向ける。冷たくも荒々しい炎。ミールは凍りついた、肺が焼け付くような感覚に襲われる。実際、兵たちが放った火が処刑場近くまで広がっていた。そんなミールを眺めて、彼女は一言呟いた。

「時とは、常に人の意思によって動いている。お前の判断は間違っていない、ただ、正解でもないだろう」

ミールは、舌打ちをすれば、ボニファティウスに剣を渡した。

ボニファティウスは剣を受け取り、片手で地面を引き摺った。鋼鉄の切っ先が地面を抉り取っていく。そして彼女は顔を上げ、グインへと燃える瞳を向けた。そして飛びっきりの笑顔を彼へと向けた。残酷で、狂気染みた笑顔だった。

グインは慄いた。彼は、慌てて城の中へと逃げ込む。それに続いてボニファティウスも彼の後を追った。地面に剣の軌跡を刻みながらゆっくりと場内へと姿を消した。


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