黒い血
肩から熱い何かが漏れ出している。どろりとして、どす黒い何か。自身は、人間なのか、そうでないのかも判断できない…。こんなものが体内を巡り、心へと流れ込んでいくのだからおぞましい。熱くて、身体が燃えている。
ジャンヌは、ウルヴを縛り上げ、起き上がらせた。
「何も話すことはないぜ。さっさと殺しちまえよ」
彼は、頭を殴られ朦朧とする中、呂律の回りきらない言葉でそう告げた。その言葉に痺れを切らしたのは、アーロン・フィッツジェラルドだった。
「もう時間がないから、単刀直入に聞くぞ。お前達は何をしようとしているんだ?お前達が、ボニファティウスとオデュッセウスを嗾けて、この世界を混乱させているのは知っている」
「俺達が?俺達は、あの女(白狼)の手綱を解いただけだ。あいつは謂わば、馬車馬だよ。自身が疲れて死に絶えるまで走り続ける。あの女があれほどまでに強暴だと知っていたら、俺達は接触なんてしなかった。予想外だ、でもそれも処刑の日までだ」
「では、オデュッセウスは?」
「さてな、余り表立って行動しないからな、ほら…、裏でコソコソしてる証拠だよ。あいつは一人で世界を変える力を持ってるんだ。嘘じゃない」
「どういうことかね?」
「知ってるだろう?あいつは世界でただ一人、『神の涙』を手に出来る資格が在るんだ」
その言葉を聞いてアーロンは、ぎょっと顔を青くする。
「まさか、オデュッセウスは、永遠の森での生き残りか」
アーロンの驚愕の言葉を聞くなり、ウルヴはごめいさつと肩を震わせた。
「まずいことになったな。ジャンヌ、来い」
アーロンは話にイマイチ付いていけないジャンヌを呼び寄せる。
「どういうことですか?」
「我々、北部のドルイドがエリクによって滅ぼされたのは、とある実験のせいだと知ってるだろう?」
「それは知っています。『神の涙』と関係があるとか」
「ああ、北部のドルイドはとある鉱石を掘り出した。それが、強大な魔力の塊だったのだ。北のドルイドはそれを極秘に研究した。それでも扱い方が分からなかった。だから、子供達を使い同調させようとしたのだ。子供達の体内に『神の涙』の欠片を埋め込んだ。子供達は、その魔力を受け止められずに日々死に絶えていく。その中で、生き続ける者もいた」
「オデュッセウスは存在し、今も行き続けていると?」
「ああ、ウルヴの言葉を信じるなら、その通りだ。『神の涙』の魔力を制御して扱うことが出来る」
「では、いままで何故、そうしなかったのです?」
「それは、何か別の要因があったのだろう。閉じ込められているか、神の涙の場所を知らないとか、はたまた死んでいるのか、色々だ」
「それで、『神の涙』は何処にあるんですか?いや、実際は、何処に埋まっているか…ですね」
「分からん、簡単には見つからないが…、一つだけ見つける方法がある」
「それは?」
「わたしが、欲していたものを思い出してみろ。アミュレットだよ。あれはエリクが『神の涙』の欠片を削って形作ったものだ。あれをオデュッセウスが手に入れたなら、危険だな」
「幸い、アミュレットは王が持っています。簡単には手放さないでしょう」
「そうだと良いがな。時間がないと言ったのはそのことだ。オデュッセウスとウルヴ達は、何かを企んでいるようだ。それを聞き出さなければ…」
アーロンは、頭に浮かんだ汗を手で拭い、方針を告げる。今は一つでも多くの情報をウルヴから聞き出す必要があった。
アーロンとジャンヌは振り返り、ウルヴへと視線を向ける。
彼の腕を縛っていた筈の縄は、息絶えた蛇のように、とぐろを巻いて地面に伏せてある。その少し先に、ウルヴはナイフを持ち、静かに立っていた。
「どうやって縄を解いたかは知らないが、無駄な抵抗は止めるんだ」
アーロンは呆れた様子でウルヴに声をかける。ウルヴは、その言葉を聞くなり、ニヤリと無邪気な笑みを浮かべて小さく口を開いた。
「もう全てが遅いんだ。俺の役は此処で終わる。世界が変わる瞬間をこの目で見れないのが残念だぜ」
「どういうことだ?」
ジャンヌは、問い掛けながら帯刀した剣の柄を握り締める。
「目を閉じれば、神の国だ。心は平穏と安らぎに満ちている。此処は永遠の森、永遠の森」
ウルヴは、詩を読み上げるように呟けば、自身の手にしたナイフで、自らの首を突き刺した。放たれる言葉に濁った水音が交ざる。どろりとした血が激流のようにあふれだす。ジャンヌは目を逸らした。とても見ていられなかった。
数秒でウルヴは身体を地面に倒して動かなくなった。ジャンヌとアーロンは無言のままその場に立ち尽くしてした。




