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騎士名誉クラブ  作者: 雪ハート
永遠の森
58/111

黒煙

「くそ、予想よりも早かったな」

ウルヴに見上げられ、アーロンは困惑した様子で言葉を零した。

「どういう事ですか?」

ジャンヌは、そわそわと落ち着きなく動き回るアーロンに問い掛ける。

「君の教会を監視していたのは、恐らく彼らだ。私の動向も監視していたのだろう。くそ、このままじゃ奴等に殺されるぞ」

頭から良い案を絞りだそうと、数回頭を叩いた。

「よし、聞いてくれ…。この屋敷には、いくつかの逃げ道が存在する。我々は火を放って、此処から脱出する。奴等が自慢の傭兵部隊なら、君一人では到底戦えないだろう?」

確かに、光の戦い(ブライト)で彼らの実力を見た。良く訓練されていたし、殆どの状況でも命知らずだった。そんな彼らと戦うのは得策ではない、一人なら兎も角、相手は数人なのだから。

「では、私が貴方の逃げる時間を稼ぎます。貴方は先に逃げてください。私も機を見て逃げますから」

ジャンヌの発言にアーロンは耳を疑った。眉間に皺を寄せて、理解できないと言った表情をジャンヌに向ける。

「本気か?よし……分かった。私は二階の君の母の部屋から逃げる。本棚の裏に道があるんだ。君もそこから逃げろよ」

「分かりました。では、敵を引き付けますから、火を放って逃げてください」

そう言えば、ジャンヌは腰から剣を引き抜いた。それを見たウルヴは、不機嫌そうに頭を回して表情を強張らせる。

「おいおい、マジでやる気かよ。あんたを殺せとは言われてないから、見逃してやっても良いんだぜ?」

「そなた達こそ、人の家で好き勝手しているだろう」

剣を構えたジャンヌに、アーロンは背後から話しかける。

「ジャンヌ、すまない。不本意だが、またお前を炎の中で一人にさせてしまうな」

申し訳なさそうに眉を下げたアーロン。ジャンヌは振り返り、懐からエリクの日記を取り出し、それをアーロンに差し出した。

「これを、預かっていてください」

「これは、見つけていたのか?そうか…幸運を…」

アーロンの背中を見送れば、そのままドルイド達と対峙する。

「おいおい、あのジジイを守る価値なんてないぜ?寧ろ、殺した俺達に勲章をくれてもいいところだ。まあ、良い。お前を殺してジジイを殺すか。どっちにしても、あの国は終わりだ」

遠くから、微かに炎の匂いがする。木々を燃やし、石を溶かす。油と、どす黒い暗煙の香り。過去から炎が追いついて来た。いつもそうだ、何度逃げ出しても、炎は追いついて来て、ジャンヌの過去も未来も全て燃やして行く。解決する方法なら常にあった。その赤い火と向き合う覚悟があれば、直ぐに…。然し、覚悟はない、そして今も。

炎が二回から湧き上がり、玄関の前の廊下を崩して塞いだ。何かが破裂するような痛々しい音と共に。

「ジジイ、俺達と心中するつもりか?」

ウルヴがなにやら考えながら呟き。ドルイドの一人に耳打ちし、自身は他の部屋に消えて行った。彼の性格上、此処で死ぬ気はないのだろう。だが、逃げ道は玄関と、二階にあるエリクの部屋の窓(飛び降りた所で足が無事だとは思えないが)だけだ。他の窓は木材で塞がれているし、隠された逃げ道を敵が知っているとは到底思えない。

ジャンヌは、頬に感じる熱気に恐怖し、足が竦み上がりそうになるのを堪えながら、階段を下りる。目の前には4人のドルイド。

取り敢えず、自身の任務に集中する。死ぬつもりはない。以前のジャンヌなら、相打ちでもと考えていただろうが、今はソフィアがいる。彼女を置いて先に逝くつもりはない。

4人の斬撃を必死に捌いた。叩きつけられる鉄の音は、屋敷を燃やす炎の音で掻き消える。


くそ、ジジイは何処に行った?ウルヴは、屋敷中を駆け回る。自身よりも鈍足なアーロンが隠れられそうな場所もない。火の手は予想よりも遥かに早く、屋敷を秒単位で燃やして行く。ウルヴは焦る気持ちを静めながら、一つの部屋に辿り着いた。希望の光が差し込む部屋に。その部屋のベランダから見下ろす。遠くまで、森の中で一人の男が息を切らしながら逃げるのが見えた。アーロンだ。

くそ、隠し通路から逃げやがった。それを捜す時間もない。

ウルヴは、下を見下ろす。高い…。それでも彼は跳んだ。片足を犠牲にして。

地面に身体が叩きつけられると同時に、左足が砕けるような音がした。痛みで叫びそうに成るのを堪えて、彼は、最早、役目を終えた左足を引き摺りながらアーロンを追った。


熱気で視界が歪んだ。黒煙がジャンヌの肺を焼いていくような感覚に襲われる。それは敵も同様だった。遂に打ち付かれたジャンヌがバランスを崩す。一人のドルイドがトドメと言わんばかりに剣を振り上げると、同時に天井の一部が轟音と共に砕けた。黒煙に包まれた空が見える。ジャンヌは寸での所で身体を転がして逃げるが、ドルイドは間に合わなかった。彼は、崩れた瓦礫の中に消えていった。

お互いに視界が悪い。ジャンヌは轟音と共に舞い上がった砂埃と黒煙に紛れて、一人のドルイドに切りかかる。不意を突かれたドルイドは、敢え無く絶命する。

一人は確認できるがもう一人の姿が見えない。ジャンヌは、咳き込みながら、階段を駆け上がる。それを見た一人がジャンヌを追う。

赤い炎が迫っている。

怖い。くそ、怖い。

ジャンヌは、煙のせいか、心のせいか、涙ぐむ瞳を拭いながら、母の部屋に逃げ込んだ。

部屋にも火の手は伸びていた。複数の本棚は焼けて、夕焼けのように部屋を照らしている。ジャンヌは、燃える本棚に手を掛けた。皮膚が焼け付くような痛みが走る。それを堪えながら本棚を引き倒した。今にも崩れそうな床に倒れこんだ本棚がバラバラと砕ける。壁を手探りで撫でる。見つからない。

次の本棚を倒す。探す。倒す。

最後の本棚を倒す。意識が揺らいできた。歪む視界の中で、壁に空洞があるのが見えた。ふらつく足取りで歩み寄るが、同時に追いかけて来たドルイドの一人に追いつかれた。彼はジャンヌの首に腕を絡める。

「お前に殺された仲間の分だ」

ドルイドの男はそう告げると、更にジャンヌの首を締め上げる。駄目だ、振り払えない。そう思った刹那に、ジャンヌとドルイドは、宙に浮き上がるような感覚に襲われた。轟音と共に、遂に部屋の床が落ちたのだ。ジャンヌは咄嗟に、床の一部に手を掛けた。ドルイドはそのまま燃え盛る火の海へと落ちていく。悲痛な声は、直ぐに消え去った。

意識が揺らぐ。

ジャンヌは懸命に身体を持ち上げて、その空洞に飛び込んだ。中は階段になっており、転がり落ちた。

全身の痛みと、肺に溜まった黒煙を吐き出すように、ジャンヌは何度も噎せながらも立ち上がり、道をふらふらと駆け抜けた。ようやく見えた光の下に晒される。

そこは玄関前の庭だった。屋敷が燃えている。形あるものは何も残らない。そこにあるのは、いつも自身だけだった。

込みあがる疲労と消失感に、ジャンヌは座り込んだ。地面を見下ろすと、赤い点と、何かを引き摺ったような後が森へと続いていた。







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