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騎士名誉クラブ  作者: 雪ハート
永遠の森
57/111

神の涙

森に囲まれた屋敷は、ジャンヌの記憶の中に建っていた。早朝に立ち込める霧も、その霞がかった木陰から響く小鳥達の歌声も、木々を揺らす爽やかな風も、何もかもがそのままだ…。ただ一つ、違うのは…、誰もいないという事だけだった――


扉を開く、埃被った香りがジャンヌの鼻腔を擽った。

「さてと、私は捜し物をするから、君は適当に思い出に浸っていてくれないか?」

アーロンは、屋敷の内装など視界にすら入らない様子で言葉を紡いだ。

「何を捜すのですか?」

「日記だよ。エリクが此処を訪れる度に描き続けていた、真実の日記だ」

アーロンの言葉。ジャンヌは記憶の中のエリクの姿を思い浮かべてみる。太く引き締まった腕が、幼い自身の身体を抱き上げる。嬉しげに綻んだ笑顔、切り揃えられた顎鬚。金色の髪。酒に酔って覚束ない足取りで、彼は夜になるといつも独りで、とある部屋に篭っていた。

嗚呼、ジャンヌ。綺麗になった―― 

大きくなった。

会うたびにいつも、同じことを言っていた。実際に、身長は余り伸びていなかったし、彼の大雑把な性格が垣間見れていたのかもしれない。彼の心は、どこか遠くへ。それでも、彼のジャンヌに対する剝き出しの愛は、ジャンヌ自身が一番理解していた。今にして思えば、それは、父親のものだったのだろう。

然し、理解できないことが幾らか有った。何故、父親としての自覚があったはずの彼は、孤独に打ちひしがれていた私を助けに来なかったのだろうか…。何故一番必要としている時に抱きしめてくれなかったのであろうか。心と身体が焼け落ちたあの日、もう大丈夫だと言って欲しかった。

此れはワガママなのか?

憎しみ?

いや…、此れは恐らく、ヤキモチだろう。自身を放って、王の職務を優先した父親に対する嫉妬みたいな物だ。

許すことは…無いだろう。彼から、許しの言葉を聞くことは、もう出来ない。

「分かりました。私はこのあたりにいますから、好きなだけ探索してください」

エリクの使っていた部屋のことは言わなかった。その時は、言わないほうが良いような気がしたからだ。

アーロンは、すっかり薄くなった頭を手のひらで撫でながら、なにやらブツブツと小言を漏らしつつ小部屋から捜索を開始した。

アーロンの後姿を見送った後に、ジャンヌは立ち上がり、階段を上がり、エリクの使っていた部屋に入る。

暗い部屋だった。それでいて、とても清潔感に溢れた部屋だった。何処から仕入れたかも分からないワインが並び、本棚は多くの本で彩られている。ざっと見た感じ、そこに日記らしきものは見当たらなかった。

次に、棚や小物入れを調べたが特に何も見つからなかった。

彼は大雑把な人だった、本当に日記など書くのだろうか。そんな疑問がジャンヌの頭の端を過ぎる。窓を開けて、風を入れた。靡く白銀のカーテンからは、銀砂を撒くような埃がまう。

ジャンヌはその横を過ぎ、ベランダへと出た。庭が見える。玄関前から森へと続く道。幼い頃、この辺りで、歳の離れた兄、デニスの後ろを、アリアと二人で追いかけたいたのを思い出す。爽やかで滑らかな風がジャンヌの頬を撫でながら横切った。

「何か見つかったかね?」

アーロンが不意に話しかけてくる。

「いいえ、何も…」

そう言いながら振り返った彼女の視線が、アーロンに注がれることは無かった。ジャンヌの視線はその隣、壁に飾られた一枚の小さな絵に向けられる。

「そうか、私はあちらを捜すとしようかな」

アーロンは、それだけ告げると再び別の部屋に向かった。

ジャンヌは、愛想笑いのようなものを彼に送りつつ、壁の絵に向かう。その絵は間違いなく、幼いジャンヌを描いた物だ。瑞々しいまでの笑顔、熱っぽく朱色に染まった頬には、幼さを醸し出す、そばかすが薄く描かれている。何故、この絵の存在に、いままで気付かなかったのだろう。彼女はその絵を壁から外した。小さな絵には行き過ぎた重さを感じた。裏返す。

汚れた羊の皮で作られた、安っぽい日記帳が目に入った。

埃を指で撫でるように払い、その日記を開いた。


嗚呼、この日記を読んでいるのか?ならば、私は死んだのだろう?そこに居るのがジャンヌ…お前なら、私は何と言えば良い?父親らしい事など出来なかった私を恨んでいるのか?すまなかった…、私にはそれしか言えない。


x月xx日

亡命者アーロンから得た情報によれば、ドルイド教の悪魔崇拝者共は、真に人の道を反れた。永遠の森と呼ばれる場所で、非人道的な行いをしている。孤児院の子供達を連れて、兵器として育てているのだ。

『神の涙』の存在を疑っていたが、今ではその存在を認めざる得ない。


x月xx日

北部遠征を終えた。地獄だ。

首謀者の一人、ボニファティウスは逃げ、『神の涙』によって、大火災になった。永遠の森は焼け落ち、今後姿を見せることは無いだろう。そう祈る。1,000の命が焼け落ちた。私のせいだ。人間の焼ける音、臭い…。子供達の叫び…、私が生きている限り、消えることは無いだろう。

私は、『神の涙』の欠片を削り、アミュレットにした。残念な事に、『神の涙』を破壊する事は出来なかった為に埋めた。物理的な破壊は可能だ。然し、私は王だ。正義感で判断は下せない。いずれ、アミュレットを介して、掘り起こされるかもしれない。その時は、破壊してくれることを望んでいる。

嗚呼、それから一人、生存者を見つける事が出来た。彼女は小さいが美しい。私達の戒めとして彼女を育てることに決めた。


x月xx日

酔っている。酔っていても字は書ける。声が消えない…。くそ、酒が必要だ。私は神を失った。


x月xx日

どうやら私は命を狙われているらしい。『蛇』(ナハシュ)と呼ばれる暗殺者だ。私はもしや、あの地で、悪魔を連れ帰ったのか?彼女は血の涙を流している。


x月xx日

唯一無二の友が死んだ。殺された。すまない…。私のせいだ。お前には会いに行けない、許してくれジャンヌ。


x月xx日

此処に訪れるのはこれで最後だ。お前の事は忘れない。無邪気な笑みは、まるで草原に吹く横風のように私の心を爽やかに……いや、止めよう。なんて安っぽい言葉だ。酔っていても書ける言葉に意味など無い。文字に出来る言葉に価値はあるのか?私の中の言葉は、言葉では言い表せない。ただ、お前を愛している。嗚呼、安っぽい言葉だ…。酒が必要だな。


日記はそこで終わっていた。

ジャンヌはその日記を愛しそうに撫で、眺める。此れは彼との…、父との唯一の繋がりだ。

少し、言葉が足りない気もするが、何故か、十分に伝わったような気がした。視線を窓の外に向ける。揺れるカーテンの間から覗く青白い空に、一羽の小さな鳥が横切った。同時に玄関の扉が轟音と共に開かれ、荒々しい声が屋敷に響き渡った。

「同胞を売るとは良い度胸だなー、じじい!!」

ジャンヌは慌てて部屋を飛び出す。そして同様に飛び出してきたアーロンと目が合い。二人は廊下から見下ろす。そこには、ウルヴの荒々しい姿と、数人の黒フードのドルイドの姿があった。




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