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騎士名誉クラブ  作者: 雪ハート
永遠の森
55/111

干草のベッド

目を開けば、空を焦がす燃えるような夕日は、その余韻を残したまま山の麓に沈みかけていた。薄暗い雲のカーテンが憂鬱なジャンヌの心を映し出し、更に彼女は暗い意識の底へと沈んでいく。瞼を伏せて、追いつかない思考を巡らせる。何を考えても、今は上手くいくような気はしなかった。

重たい身体を起こして、自身が教会に帰っていることを確認する。ブラッドメイヤーと目が合えば、耳が小さく動き、不思議そうに首を傾げた。間違いなく、此処はいつもの教会だ。

静かな安らぎ、平穏な世界。その中で、欠けたピースが唯一つ。ソフィアがまだ帰ってきていなかった。聖堂に金を届けるだけで、こんなにも時間がかかるものなのだろうか。

ジャンヌは不安に駆られ、窓の外へと視線を向ける。その時に、何か見えた。

教会の前に立つ、小さなオークの木に横で、影が揺れて動いた。そこに誰かがいるのは分かったが、誰かは分からなかった。考えられるのは…ソフィアか。然し、彼女であるならば隠れる必要もない。次に考えられるのは、ドルイド。これはかなりの高確率だろう。ジャンヌによって焦りを覚えたアーロンが、監視役としてあの影を送り込んできた。もしくは、そのどちらでもない、第三者か…。そんな事を考えるジャンヌの視線に気づいたか、次にジャンヌがオークの木に視線を向ければ、影は形もなく姿を消していた。

不気味だが、今は放っておくことにした。


ソフィアが帰ってきたのは、それから二時間ほど経過してからだった。

普段よりも顔色が悪い彼女を心配したジャンヌが、大丈夫かと問い掛ければ、ソフィアは大丈夫と愛想を振りまいた。それでも心配そうに眉をハの字に下げるジャンヌ。そんな彼女をこれ以上心配させるのも、難しいと思ったソフィアは、自身の吸血鬼としての侵食が進んでいる旨を伝えた。

明日、シルヴィアの所に行こうとジャンヌは優しく呟き、不安そうなソフィアの体を自身の体へと引き寄せた。ジャンヌの胸元に顔を埋めたソフィアは、そのベルガモットの香りを深く吸い込みながら、自身がまだ人間であることを再確認し、安堵感と安らぎに包まれる感覚に身を浸し、緩く瞼を伏せた。


翌朝、日が昇るよりも早く起きた二人はシルヴィアの元に訪れた。かなり迷惑そうに且つ眠たそうに扉を開いた彼女は不機嫌で、正直な所、ソフィアは帰りたくなっていた。

それでも、ソフィアの調子が悪いことを告げれば、顔を歪めつつも彼女は家の中へと二人を導いた。

「先生はどこだ?」

ジャンヌがそう答えると、シルヴィアは再び不機嫌そうに眉を顰めて応答する。

「昨日の貴女が話したこと、憶えてる?あの話、私は知らなかった。父は頑なに否定していたけど、まだ何か隠し事をしていそうだから、親子の関係の修復は当分は先になりそうね。今は外の家畜小屋で寝泊りしてるはずよ」

「つまりは、追い出したのか…」

怒らせると怖い女…、それは彼女のことだろう。ジャンヌは、かなり真剣に彼女を怒らせる真似をすることは止めようと決めた。


ジャンヌは、ソフィアをシルヴィアに託し(現状でジャンヌが二人の所にいても邪魔になるため)、アーロンがいるであろう家畜小屋に向かった。二匹の豚が巨体を揺らしながら餌を貪っている横で、彼は積み重なった干草のベッドの上でいびきをかきながら眠っていた。親子揃って、並み大抵の事では動じない、不屈の精神を持ち合わせているのだろう。家畜の汚物に囲まれて、眠るなんてジャンヌにはとても真似出来るとは思えなかったからだ。と言うかしたくない。

神の成せる業としか思えない彼の行為を遮る様に、ジャンヌはアーロンの肩を揺らした。

彼は、片目を開き、眠りを妨げる人物が誰であるか確認すれば、体を起こして立ち上がった。

「来ると思っていたよ、さて…今から出かけられるかな」

まだ、何も告げていなかったジャンヌに対して、アーロンは言葉を並べた。


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