フレーバーティー
ジャンヌは、シルヴィア・フィッツジェラルドの所を訪れていた。彼女に用があったのではなく。彼女の父、アーロンに用があったのだ。
「父に何か、用かしら?」
シルヴィアは、ジャンヌを快く招き入れればフレーバーな紅茶を淹れてくれた。舌から喉に溶けていく茶葉の風味は、さぞ高級な物なのだろうと、ジャンヌは勝手に感じていた。
「そなたこそ、先生と和解したのか?」
紅茶をすすりながら、ジャンヌは問い掛ける。
「和解はしていないわ。父のして来た事は許される事ではないのだから。ただ、謝罪は受け入れたのよ」
理由は知らないが、あれだけ怒っていたシルヴィアとの関係を修復したと言うのなら、アーロンは、さぞ素晴らしい詩人なのだろう。世界の終焉まで、君を想い続ける。とか、お前を愛している、我が娘よ。など、安っぽい台詞や態度ではなかったのだろう。壮絶で悶々としたものだった筈だ。ジャンヌには想像も出来ないことだ。
「出来るなら、そっとしておいて欲しいわ」
来客の理由を告げようとしないジャンヌに、不安を覚えたシルヴィアが告げた。彼女の口調から不安以外に苛立ちも感じ取れたが、ジャンヌは目も合わせずに、アーロンを待つ。ジャンヌ自身も、押しかけておいて不躾な態度を取って申し訳ないと謝罪したい気持ちになったが、それを言ってしまえば、この家から追い出されるに決まっている。
二人の間に、つかの間の沈黙が訪れた。
「やれやれ、よりにもよって貴女ですか。最悪のタイミングだ」
アーロンは、皺だらけの顔に、更に皺を寄せて告げた。
「先生、こんにちは。お互いに、最悪の時に来るのは得意なようですね」
ジャンヌは、挨拶に軽い皮肉を添えた。
「それで、私に用とは?」
「聞きたいことがあるのです。永遠の森について、何か知っていますか?」
「どこで、その言葉を?」
アーロンは、一瞬だけ怪訝そうな表情を浮かべたが、直ぐに言葉を続けた。
「あー、ウルヴから聞いたのだな。おしゃべりな部下ほど扱いにくい物はない」
「有名ですからね。ボニファティウスとオデュッセウスの理念です」
「それだけ、知っておきながら、他に何を聞きたい?」
「実在はするのでしょうか?」
ジャンヌの問いかけを聞くなり、アーロンは黒くした目をシルヴィアに向けた。シルヴィアも同様にアーロンを見つめ返した。
「実在はしない。在ったとしたら素晴らしいことだがね」
アーロンは、下腹部に添えるように両手を組み、背筋を仰け反らせれば、足を組み直した。
「それに近い地名が在ったとか」
「ない。少なくとも、私はそんな地名を聞いたことは無い」
アーロンは顎を突き出して高圧的な表情を浮かべる。
「私は、先生が何か重要なことを隠しているような気がするんです。とある人物に言われて、視野を広めて見ることにしました。貴方は…いや、ドルイド達は、アミュレットを奪おうといていた。『幽霊の森』で殺した黒フードの男達は、ドルイドの遣いでしょう?」
「なぜ、そう言い切れる?」
「勘です。そして、理由は分かりませんが…アミュレットの強奪を成せなかったドルイド達と貴方は、私に接触した。なぜ、私なのですか?私が、エリクの落し子だったからですか?それとも、操りやすかったから?」
「全ては君の想像だよ、ジャンヌ。君は疲れている。今日は帰って、休みなさい」
アーロンは、眉間に皺をまた一つ刻んだ。難しい表情のまま、ジャンヌに気遣いの言葉を並べた。ジャンヌは彼の言葉も一理あると、日を改めることにした。今日は本当に疲れた、帰って、ソフィアに会いたいと内心で強く願った。そして、ソフィアに予想以上に依存している自身を恐ろしいとも思ってしまう。愛は、心を傷つける。消えない傷を残していく。
出口に向かうジャンヌに、シルヴィアが歩み寄ってくる。
「これ、あの子の薬よ。今日は、帰って休みなさい」
半ば、膨れっ面で薬を差し出してくるシルヴィアを、可愛らしいと思ってしまう。家庭をかき回していくジャンヌに不満はあるものの、ソフィアを気遣う事は忘れない彼女の優しさは、他のドルイドには無いものだ。ジャンヌは、差し出された薬を受け取れば、有難うと静かに呟いた。




