光の戦い
振り下ろせば、全てが終わる――
そうジャンヌが確信したと同時に、白狼が膝を折った。一本の矢が、黒く分厚い鎧を背中から貫く。振り上げていた大剣は、意思とは無関係に手から零れ落ちて、ずしりと床に転がり落ちたのだ。ジャンヌと白狼は、状況を理解できずにいたが、その後の一声で全てが理解できた。
「ジャンヌ、戦って!」
膝を着いた白狼の肩越しに立つ、ソフィアの姿が見える。
ジャンヌは、揺らぐ意識の中、転がり剣を拾い上げる。それを見た白狼も、大剣を拾い上げる。先程までとは違い、その厚い鎧と大剣を重たそうに持ち上げれば、力一杯に巨大な刃を振るった。
一歩早かったのは、ジャンヌだった。白狼の左手は、胴体から切り離され宙を舞う。拾い上げた大剣を落とし、再び膝を折った白狼の兜に、ジャンヌは、思いっきり剣の側面で叩き上げた。白狼の兜が弾き飛ばされ、素顔を晒す――――
彼女の瞳は燃えていた。自然発火した炎のように、何の目的をも見出せない孤独な炎が、静かに、轟々と燃えている。それほどまでに赤く、美しい瞳だった。
くふっ――
地面に転がった自身の片腕を眺めては、堪えきれなくなった様な曇った笑みを零した。ジャンヌは、そんな彼女の首筋に剣先を突きつける。
「良かった、間に合った」
駆け寄ったソフィアが安堵の言葉を紡いだ。
「助かった、ありがとう。そなたの弓の腕は逸材だな」
「煽てても何も出ないよ?さあ、そいつを拘束して、此処から出ましょう」
ジャンヌは頷き、まだ胴体とくっ付いている方の白狼の腕と自身の腕とをロープで縛り、ふらつく彼女を半ば強引に《古き城》から引き吊り出した。
城門から眺める戦場は悲惨だったが、喰らい付く北部軍と増援によって、敵は散るように逃げて行き、次第に落ち着きを取り戻していた。白狼が捕らわれたと知るなり、敵の逃走する感覚も狭まり、辺りは喋らぬ死体と鮮血のみに変わった。
「こいつが白狼?まだ、餓鬼じゃないか」
デニスとミールが、ジャンヌの元に歩み寄ってきた。ソフィアはなぜか、デニスを見ると身構えてしまう。
「獅子王は何処だ?」
ミールが、白狼を睨みつけるなり問い掛けた。
「直ぐに会える」
白狼は一言、そう告げると、銀色の髪を揺らし、顔を地面へと向ければ、再び黙り込んだ。
「ジャンヌ、ご苦労さん。後は俺達に任せろ」
「ああ、ソフィアも私も疲れた。後はデニス達に任せ――」
デニスの意外な言葉に、ジャンヌは困惑した様子で応答を返そうとするも――
「白狼、父上は何処ですの?」
馬を走らせてきたリアナは、馬から降り、雪路に深い足跡を刻みながら、ずんずんと歩み寄って来た。見た所、かなり怒っている。
おっと――
ミールは、リアナの姿を見るなり、やれやれと言った様子で頭を左右に揺らした。彼の視線は、リアナの後ろの未だ、馬に跨っている男の方を向いていた。
リアナは、歩み寄ると、誰だと顔を歪めた白狼の顔面に拳を打ち込んだ。何度も、何度も打ち込んだ。やはり怒っていた。それもかなり…。
白狼は抵抗することなく、リアナの拳が痛み、疲れるまで受けていた。
「父は…獅子王は、どこ…ですの?」
荒げた呼吸は不規則に乱れて、痛んだ拳を揺らしながら、再び問い掛ける。
「あー、姫様。後は、我々にお任せを。必ず、獅子王は見つけ出しますから」
楽しそうにニヤつく白狼を庇う様に、デニスが割ってはいると、リアナを宥める。
ジャンヌは、そんなリアナを眺めながら、再会を祝うでもなく、ただ、無言のまま沈黙していたのだった。




