光の戦い-血-
ジャンヌ達が到着した時には、既に白銀の大地は、鮮血に染まっていた。地面に転がる味方や敵の死体を、まるで大きな石か何かのように蹴り上げながら、兵達は夢中で剣を振るう。
「味方に、俺達の到着を伝えろ」
デニスが、兵に告げる。兵は空に木霊させる勢いで、角笛を鳴らした。冷たい空に乾いた音色が響き渡る。その音を聞き、敵は驚き、味方は歓喜した。
「俺達は、敵の側面を突く。獅子に遅れは取らない、俺達は神の軍だ。全軍、進めー!」
デニスが馬を鞭打ち、敵と味方を見下ろす丘から駆け下りる。それに続いて、兵達も一斉に駆け下りるのだ。
「グラヴァー、獅子王を私の所に誘導しろ」
白狼は、隣にいた男に告げる。彼は2メートルを超える大男だった。腕は大樹のように太く、体は分厚い鉄の鎧に纏われていた。その鎧は、傷付き、転々と血の油で汚れ、錆びていたが、それが彼の強みだった。自身が乗り越えてきた、幾千の戦いの記憶がその鎧には刻み込まれているのだ。
白狼は、自身の背後の《古き城》を向く。そして、白銀の中に聳える門の中へと姿を消した。グラヴァーは、彼女の背中を見送れば、手を上げた。
獅子王の軍の右手から敵が飛び出した。文字通りに飛び出したのだ。彼らは、雪の中に浅い穴を掘り、獲物が来るのを、獣のような静けさと忍耐強さで待ち構えていたのだ。
「敵が現れたぞー!」
いきなり現れた敵に獅子王の軍は驚きながらも微塵も揺らがなかった。現れた敵に右翼を従える、サー・モントが素早く対処した。それにより、片翼を失ってしまったが…。
グラヴァーは、そのまま《古き城》の開けた門を離れれば兵を引き連れて、ミールとデニスのいる左翼へと突撃した。左右の翼に戦力が集中した今、中央は微かに薄くなったのだ。
誘われている。そう、咄嗟に感じ取った獅子王だったが、敵が首筋を見せ付けて手を拱いているのだ、見過ごす事は出来なかった。獅子王は、兵達と共に中央を駆け抜けた。そして、巨大な門を潜り抜ける。目の前には、今にも崩れそうな廃城が不気味に聳え立っていた。血と炭の残り香が漂う《古き城》は、外の戦場とは別の次元のように静けさに包まれていた。獅子王と兵達は、馬を下り、廃城に広がる中庭を警戒しながら歩く。水が流れない噴水、顔が崩れ落ちた女神の像が迎え入れる、そんな場所に迷い込んだ獅子を狩人は、見逃さない。廃城の二階の窓から矢が飛び交い、獅子王の後ろに着いていた兵達が、察知するより前に地面に倒れていた。そして、一人孤独に迷い込んだ獅子の前に、漆黒の鎧で体を覆った、狼が姿を現した。
彼女は、体に見合わぬ程の大剣を引き擦りながら、黒い鎧の関節から、赤い筋を滴らせていた。獅子は目を凝らす。彼女の鎧から漏れる赤い線は、間違いなく、彼女の血だった。黒の兜から、荒々しい呼吸が漏れる。大きな白い靄となり、その鎧の禍々しさを更に誇張させた。
「獅子が貴様の首を貰う、覚悟しろ」
始終、無言を貫く白狼に向かって、獅子王は剣を構える。そして、静けさを打ち消すように、地面を蹴り上げれば、その黒い鎧へと駆けていった。
「ミール!!」
ソラルは、逃げるように戦場を駆けながら、将軍の姿を探した。漸く故郷へ戻れると、心が躍るのを制止しながら、名前を呼び続ける。そこで、彼が見たのは、将軍ではなく、一人の女性だった。彼女は、一人一人と、敵を切り捨てていく。そして、敵の鮮血を纏っているのは、自身の父の剣だった。どういうことだ?何故、彼女が父の剣を手に戦っているんだ?内心で無限に込みあがる疑問を解消しようと、彼女の方へと駆け寄ろうとするが、ソラルよりも先に、リアナの元には、グラヴァーが兵を投げ飛ばしながらたどり着いた。
グラヴァーは、力任せに、リアナを弾き飛ばせば、止めをさそうと、剣を振り上げた。ソラルは、必死に駆け、リアナを殺そうとする、グラヴァーの背後から剣を突き刺す。硬い鎧を突き抜けたのは良かったが、グラヴァーの鋼のような体には、踏み込み不足のソラルの剣は、深く突き刺さらなかった。それでも、逃げる時間は稼げたようで、リアナは何とか起き上がり、目の前の状況に理解できないと頭を捻った。
「逃げろ!」
ソラルは、リアナに叫んだ。リアナは、咄嗟に頷き、踵を返して、人影の中に消えていく。
ソラルはそのまま剣を鎧から引き抜こうとするが、その前に、グラヴァーの強烈な裏拳が顔面を捉える。
体が浮き上がるような気がした、いや、実際に吹き飛んだのかもしれない。そんな朦朧とした意識を繋ぎ止めながら、ソラルは、雪の地面に倒れこみ、すぐに立ち上がろうとしたが、足に上手く力が回せずに座り込んだ、と同時に、先ほどまで、頭があった位置を風のように素早い剣が通過した。ソラルは、バランスが崩れたことにより、グラヴァーの斬撃を紙一重で避けたことを判断し、自身の頭が、まだ体と繋がっている事を悟れば、既に剣を振り上げているであろう、グラヴァーの足元へ滑り込んだ。そして股を潜り抜けて逃げ出そうと駆け出すも直ぐに蹴りが、ソラルの後頭部を捉えた。
つ、強い。
そんな、子供じみた言葉を思考の中で反響させながら、ソラルは死を覚悟したが、駆けてくるグラヴァーの背後から、リアナが馬に跨ったまま追い抜き、ソラルに手を伸ばす。
「掴まりなさい」
ソラルは、無意識のうちにその手首を掴めば、引き摺られるようにその場を離れる。地面に体がぶつかり痛かったが、目の前から遠ざかるグラヴァーを眺めて、痛みよりも安堵の感覚に包まれていた。
ジャンヌとソフィアは、敵を切り伏せながら、白狼を探した。
「城の中へ逃げたのか。くそ」
イラついた様に言葉を漏らすジャンヌに、ソフィアは告げる。
「でも、今なら…城に入れるかも知れないよ?ドルイドの傭兵達もいるし、力づくなら何とか…、自信は無いけど…」
ジャンヌは、《古き城》を見る。幸いなことに、来るもの拒まずという様に、門が口を開いて待っている。
「ああ…、そうだな。行こう」
ジャンヌは、頷く。そして、ソフィアも、強く頷いた。




