光の戦い-リアナ-
深い雪路を進むリアナの横顔を眺めながら、獅子王は、吐息を吐き出すように言葉を紡いだ。
「我々は長い間、戦い続けて来た。後ろの兵達を見てみろ、疲弊し、敵に脅えている者もいる。然し、敵も同じように疲弊し、弱っていると考えるのは間違いだ。寧ろ、敵は以前よりも強い」
リアナは、獅子王が綺麗に揃えられた顎鬚を指で撫でるのを眺めながら問い掛ける。
「何故、そうお考えですの?今から、大事な戦いだというのに」
獅子が尻込みするのか?とリアナは叱咤しそうになったが、その心配も杞憂に終わった。獅子王の目は、爛々と光を放っていて、敵に恐怖しているという考えとは、とても似つかない程に、熱意と殺気に満ちていた。
「父が生前に、私を鹿狩りに行かせた。私は吹雪と、足を掬う積雪に邪魔されながら森の中を進む。ふと顔を上げ、遠くを見渡せば、巨大なグリズリーが一匹のスカンクの近くに迫る。そのスカンクは、我々、人間の罠で片足と、後ろ足の一本を失っていた。弱ったスカンクは、グリズリーの格好の獲物だろうと考えるが、そうじゃない。グリズリーは何もせずにその場を立ち去った。勿論、私も、そのスカンクに近づこうとは思わなかった。私達は知っていたからだ、憎悪は何にも増して、力を与えることを…。人間に対して深く、凶悪な憎悪を抱いたスカンクに近づく事の危険性に気付いていたからだ。憎悪は力になる、リアナ、良く覚えておいてくれ」
獅子王は、リアナの目の奥を見透かすような瞳を向けた。淡々とした口調には、警告するような棘々しさを感じ取れる。
「お父様は、この戦いに負けるとお考えですの?」
「ふっ、無論、勝つ。ただ、英雄の戦いのように簡単には行かないと思っておるのだ。南部の王は、あの白狐を捕らえようとしているようだが、そうはさせん、あの小娘は私の獲物だ。私がこの手で首を跳ねてやる。それに、グインは、私の兄の護衛隊長をしていた時から怠慢さが目立ち、厳格さに欠けていた。恐らく、やつはこの戦いに来ぬだろう。退路はすでに無い」
獅子王は苛立った様に跨った馬の手綱を巻き上げた。
「わたくしは、長く南部で過ごしましたわ。確かに、戦いに疎い所はありますけど……。でも、きっと、援軍に来てくれますわよ」
「だと良いがな」
獅子王は、リアナの言葉を興味なさそうに聞き、鼻で笑うように応答した。そして、目的地に向かって進む、獅子王の軍は、長い長い列を作り、広大な積雪の大地を這う蛇のように進んでいった。
《古き城》が見えた。数多の戦いの中に身を置いていた、その城は、巨大な外壁に覆われていたが、その各々は崩れて脆そうに見えた。積雪が積もった城は、壁が剥がれ、穴が空き、巨大な廃墟のような形を成している。薄暗く佇む城の周りには、既に獅子王の到着を受け入れるかのごとく、兵達が積雪の地面を覆っていた。
「我々は、正面から奴等の城に踏み込む。剣を掲げろ、咆哮しろ。我らは獅子ぞ。恐れるな!恐れるな。ミール、お前は左翼を率いろ。モント、お前は右翼から行け」
獅子王が、兵達の前を馬で駆け抜けながら、掲げられた剣に自らの剣を打ち付けて行く。そして、巨大な鳥が翼を広げたような形の陣の、左翼から右翼へと往復し、それぞれの兵達に呼びかけていく。
「我らの牙と、雄たけびで敵を恐怖に染めろ。進めー!進めー!!」
獅子王が、陣の中央に戻れば、掲げた剣を敵へと向けた。積雪など無いかのように、馬が雪を蹴り上げ、息を吐き出す。勢い良く羽ばたいた獅子王の軍は、雄たけびを上げながら、敵目掛けて一直線と向かった。
リアナも、馬を鞭打ち、突撃する。
敵の中央には、漆黒の鎧を纏った、白狼の姿があった。鎧の間接の隙間から、血の様な液体が滴っており、兜で隠れた顔は覗えないが、荒々しく漏れた吐息が白い空気となって吐き出されている。その黒い鎧が手を上げれば敵の兵も一斉に駆け始めた。
うおおおおおおーー!!
大地を揺るがす双方の雄たけびが響き、敵が目前と迫る。獅子の軍勢は、左右の翼から矢を放った。全員が馬に跨っての掃射だったために命中には欠しかったが、前線がぶつかる前の牽制にはなっただろう。
馬が、雪と敵を蹴り飛ばすようにぶつかり、鎧が歪み、鉄がぶつかる音が、この場所を覆った。




