ストロング砦ー小鳥ー
「それで、お前達が俺達を見逃してくれる保障は?」
男が問い掛けた。ソラルは、その男の腰に帯びた立派な剣を見る。先ほどホラスを突き刺した剣だ。
「こればかりは信じて貰うしかないな」
「何か、証拠を寄越せ。俺達が砦を放棄して逃げてる途中で……みたいなのは御免だからな」
「悪いが何も渡せない。俺を信じろ、この言葉が証拠だ。どちらにしてもお前らは逃げるしかないんだからな」
「分かった、信じよう。もし嘘を付いたら、その首を焼いて食ってやるからな」
男は強くソラルを睨み付けた。
「ああ、信じろ」
ソラルは、心中を悟られないように薄ら笑みを浮かべながら言葉を返す。その言葉に不満そうにしながらも、男は踵を返して砦の方へと戻って行った。
数十分も経たないうちに、ストロング砦からズラズラと兵達が姿を現し始めた。巣から地上へと這い出た蟻が群れをなして歩くように。ただ、働き者の蟻とは違い、兵達の足取りは重く、疲労感が表情や姿勢からも見て取れた。森から流れる不快な音に、夜も眠れなかったのだろう。いつ、敵が奇襲を仕掛けてくるかも分からない状況でラッパや太鼓を聞かされれば眠れるはずもない。
「もちろん、やっちまうんだろ?」
その様子を眺めていた一人の男がソラルに告げた。彼の言いたいことは、つまり…そう言う事だろう。
「いや、やつ等は見逃すと約束した。だから手を出すなよ」
「約束?気にいらねえな」
「気に入るも入らないも、此処でのボスは俺だ。従ってもらう」
「なら、ボス交代だな。今日から、俺がボスだ」
「そう言うと思ったよ。ほら、取れ」
ソラルは、苛立つ自分の元部下兼、自称隊長に、剣を投げた。そして、自身の鞘からゆっくりと剣を引き抜く。
「隊長は二人も要らないだろ」
「ああ、俺はこういうのが好きなんだ」
男は、ソラルから渡された剣を拾い上げれば、そのまま駆け出しソラルに斬り付けた。ソラルは素早く剣を構えれば斬撃を受け止めた。重い鉄がぶつかる音が響く。男はそのまま剣を力いっぱいに叩きつける。何度も何度も、それでもソラルは、冷静に剣を受け止める。そして、敵がもう一度剣を振り上げた瞬間に、剣の柄を思いっきり顎に叩き付けた。男はバランスを崩し、乾いた呻きを漏らしたが振り上げた剣を腕力のみで振り下ろす。ソラルは、体を捻り避ける。男の振り下ろされた剣は、空気を切り、最後には地面の土を斬り付けた。舞い上がった土と誇りの中、無防備になった男の首をソラルの剣が跳ねた。首が鮮血に染まった土に混ざり舞い上がる。その一部始終を見ていた部下達は、なにやらニヤニヤと笑みを浮かべながらも、文句を言うものはいなくなった。
ソラルが剣をしまったと同時に、従者の男が華奢な体に汗を滲ませながらソラルに駆け寄った。
「白狼が呼んでますよ、貴方に来て欲しいと」
「何のことだ?彼女は此処には居ないだろ」
「ええ、ただ、此処から近くの《古き城》に居ます。丁度、会ってきたところで」
「彼女が居るのか?そこに…、間違いなく」
「ええ、居ますよ。今、会ってきたんです」
従者の目は、ソラルの異様な高ぶりに困惑していたが、嘘を付いているようには見えなかった。間違いなく此れはソラルにとって、最大のチャンスだった。これまで、彼女が一定の場所に留まっていることはなかった。それが前線ならば尚更だ。今までのことが報われるチャンスだ。ソラルは、高ぶる心音を鎮めながら、従者に返事をすれば、一度、天幕を潜る。
懐から羊皮紙を取り出し、言葉を綴った。
《古き城》に目標が居る。ソラル・グレンゴールドより
そう短く書かれた羊皮紙を小さく丸めれば、連絡用の鳥を籠から出した。黒い目立たない小鳥だが、訓練されている。ただ一人、ミール将軍へと目掛けて空を翔るだろう。周りに人気が無い事を確認すれば、その小鳥の小さな足に羊皮紙を巻き付け、ゆっくりと手を放した。小さな小鳥が羽根を目いっぱいに羽ばたかせて青白い空を駆けていく。小さな体には、大きな期待が込められている。




