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騎士名誉クラブ  作者: 雪ハート
光の戦い≪ブライト≫
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船出

ラニスポートは、予想通りの場所だった。海に面したその町は、多くの貿易船(とは言っても、物語に聞く巨人が乗るような立派な船など一隻もなかった。どれもが、木材をかき集め繋ぎ合わせたような何とも頼りない船で、まさに泥舟)これが、海を渡り、鉄の塊を運んでくるのだから、人間が近い内に空を飛ぶという夢物語も……最早、夢ではないだろう。船からは多くの人が、木箱に詰めた何かを重たそうに運んでは、潮風と日差しを受けて育った褐色の肌を汗で光らせる。熱気と鉄と木の船、積み重なった木箱の香りを、粘ついた潮風が運んでいく。

そんな場所に建てられた酒場も、用意に想像がつく。王都の酒場など比べ物にならないほどに騒がしく屈強な男たちが、この国の王だと言わんばかりに荒々しく、酒を浴びるように飲んで、いや、飲まれているのだろう。そう思うと、ソフィアは、途端に億劫になった。口元から零れた吐息は、荒い波の音に打ち消された。


指定された酒場は、入り口から遠く、何度も道に迷いながらも、漸く姿を現した。ソフィアが想像していたものとは違い。まるで、山に咲く一輪の花の如く、この町の荒波を受けながらも慎ましい、静かな酒場だ。その酒場の入り口をくぐり中を覗く。数人の客と、言葉を忘れてしまったかのような静かな店主がいるだけだった。

ジャンヌとソフィアは、狐に摘まれたかのような感情のまま、店主の前に立った。

ジャンヌは、懐から羊皮紙を取り出し、たどたどしい口調で、例のエルフ語を読み上げた。その言葉を聴いた店主は、手を上げて、思いっきりジャンヌの頬を叩く。

「!?!?」

「????」

訳も分からずに床に突っ伏したジャンヌが、赤くなった頬を押さえながら顔を上げ、店主を見上げた。店主は、表情を赤くさせ、怒りを込めた表情で、ジャンヌを見下ろし、声を荒げた。

「てめえ、今なんて言いやがった。女だからと容赦はしねえぞ」

は?とジャンヌとソフィアは、口をだらしなく開いたまま、首を傾げる。まったく状況を飲み込めない。

と同時に、静かにしていた客は、げらげらと腹を抱えて笑い声を上げた。

「そらみろ、俺の勝ちだぜ」

客の一人が声を上げて立ち上がった。その男を囲んでいた他の男達は、項垂れるように机に頭を押し付ければ、悔しげに呻き声を上げる。その言葉を聞けば、店主は、はっと我に返ったように顔を青ざめて、店の裏へと引っ込んで行った。

「良く来てくれた、俺は、ドルイド教、総長のウルヴだ。歓迎するよ」

ウルヴと名乗る男は、ニヤニヤと笑みを零しながらソフィアとジャンヌに視線を向け、自己紹介すると、床に倒れたままのジャンヌに手を伸ばす。

ジャンヌは、その手を掴みつつ、ソフィアも同様に抱いた疑問をぶつけた。

「一体どうなっているのか…説明して欲しい」

ジャンヌの問いかけを聞いたウルヴは、ジャンヌを起こして両手を広げた。

「ジョークだよ、ドルイド流の。あの店主は、普段から怒りっぽい奴なんだが、ある日、唐突に《沈黙の誓い》に目覚めやがって、一言も言葉を発しなくなっちまってね。それは、面白くない。と言う訳で、用事のついでに、フィッツジェラルドのオッサンに頼んで協力してもらったって訳さ。君達を利用するとは、あのオッサンも性格が歪んでるな。だが、ちょいと小遣い稼ぎも出来たし、いい見世物になったから良かったよ。さて、楽しませてくれた君達の取り分だ。受け取ってくれたまえ。そして、用事に移ろう」

ウルヴは、懐から金貨を取り出せば、清潔そうな見た目に反して下品な笑みを浮かべた。

つまり、ソフィアとジャンヌは、知らず知らずの内に、ドルイド流のジョークと言う名の茶番劇に付き合わされていたのだ。おもにジャンヌが、だが……。

それにしても、ジャンヌの言っていたドルイドに対する情報が違う。これのどこが、堅物なのだろうか。昼間から酒に浸り、見ず知らずの他人を見世物にしながら、仲間内で賭け事をしているとは、ただのチンピラだ。

ソフィアは、今回の状況を予測できなかったが、次に起こることを容易に予想できた。尤も、目の前のドルイド殿には、次の展開は予測できないだろう。

「ふふ、まさか、ドルイドに、この様なユーモアがあるとは知らなかった。金貨は要らぬが…これで貸し借り無しだ」

ジャンヌは、差し出された金貨を一瞥すれば自傷するような皮肉めいた笑みを零しながら言葉を告げ、右手で硬く結んだ拳を、ウルヴの端整な顔へと叩き込んだ。彼は、ジャンヌの拳を受けて、後ろに体を倒せば動かなくなった。それを見た、客兼ドルイド達は、酒を噴出し、大爆笑した。

「ぎゃはははっ!!姫様、よくやった。クソ野郎もいっぱい喰わされたな」

いつも間にか、裏から出てきていた店主が嬉しげに声を張り上げた。

「おい、みんな、今日は、床で寝てる馬鹿のおごりだぜ!」

訪れた時の静寂は消え去り、身を潜めていた騒々しさが荒波のように押し寄せてきた。新たな出会いの、出発としては最悪だ。






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