リアナ2
さてと、本題に入ろうか。サー・モルトは急かす様に告げた。リアナは、口に含んだパンを蜂蜜酒で流し込めば言葉を紡いだ。
「この周辺を記した地図は有ります?出来れば、より詳しく詳細な物だと嬉しいのですけど」
両手を地図の形、長方形に動かしながら問いかける。
「ありますよ」
サー・クイレルはリアナが言葉を告げ終わるよりも早く指を鳴らした。先ほどまで、新鮮とは言えないイノシシ肉や、果物が盛られていた容器が机の上から乱暴に弾き出され、床に転げ落ちる。
大きめの羊皮紙が褐色の机の上に蔽いかぶされ、其処から、埃や、独特の匂いが漂ってくる。
「私達の城が此処。敵はこの森から西の小さな山を越えて現れます」
サー・クイレルの指が羊皮紙の表面を撫でた。短い摩擦音、敵の潜伏した森と城とに大きな距離は無かった。
「この森は、このまま西へ、ドルモント伯領の近くまで続いています」
「ドルモント伯領?領主は誰だったかしら?」
そこまで聞けば、リアナは、机に肘を着き、立ったまま前のめりになり、褐色の机に胸を乗せる。開いた胸元から白い谷間が覗いた。
「ファレル・ドルモントです。リアナ様」
もう少し、周囲に目を配るべきだ、と言いたげな視線を、モルトが投げかけてくる。真面目を板に掛けたような男。彼がその役柄を終えて、普通の男に戻る日は来るのだろうか。恐らく来ないだろう、彼は死ぬまで北部の騎士で、死んでからも騎士の役を演じ続ける筈だ。
「それじゃあ、彼に伝えてくださいな。領の境界付近、それに続く道の警備強化及び、森の周辺を閉鎖」
「期日は?」
「今すぐ、この命令を聞いた瞬間に、と」
「果たして聞き入れるでしょうか」
「何様のつもりだと突き返されるだけですよ。ファレルは、気難しい男ですから」
クイレルが、眉間に皺を寄せて、険しい表情を浮かべた。その言葉を聞くなり、リアナは一言告げた。
「姫様です」
リアナの言葉を聞いたクイレルはキョトンと目を丸くした。横暴で奔放な姫に振り回されるのは、自身だけでないことを悟れば、肩を浮かせてモルトに視線を向ける。モルトはヤレヤレと頭を抱えながら、踵を返して部屋を後にした。
「あの、モルト殿どこへ?」
「ファレルのところへ。彼はなんでも自分でやらなければ落ち着かないみたいですの。面倒くさいですわよね」
皮肉めいた笑みを浮かべるリアナを、クイレルはただ見つめていた。
モルトが馬に跨り、≪氷が落ちる城≫を後にするのが見えた。モルトの後ろ姿を眺めながらリアナは言葉を紡ぐ。
「兵器は、どのくらいあります?」
「投石器が二つ程。なにか作戦が?」
「遊撃戦を制する秘訣は、質より量ですわよ。幸いなことに、量を納める器は、わたくし達の方が上のようですし」
「圧倒的な力の差を見せつければ、敵は逃げるとお考えか?」
「ええ」
「それは、早計です。彼らは向かって来ますよ。怯みもしない」
「なら、話が早い。殲滅しますわ」
クイレルの話が本当ならば、面白い。北部獅子王の軍団に、十分の一にも満たない数で挑んでくるのか。長期戦になる前に決着が付きそうで何よりだが、もし、敵の数が上ならばと同時に恐ろしくもなる。然し、今回は、敵が劣勢であるのは火を見るよりも明らかだ。悩むのはまた今度にしようと、リアナは立ち上がり食べ物が散らかった部屋を後にした。




