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ソラル・グレンゴールドは戦場を見下ろしていた。燃え上がる兵達が雨の中で転がりまわっている。
ソラルは3年前に、エリクの命により、北部に送られた。エリクの弟であり、北部の総督でもあるバルレルの軍で戦えると思った。名誉のなか、同胞たちと肩を並べて、敵を打ち倒す。幼い頃の彼が夢見た、一つの願いだった。彼は優秀だった。ジョストでは負け知らずで、戦場でも良い功績を納めた。然し、彼のその秀才さと、名誉や愛国心と言った信念は、彼を地獄へと連れて行く。
エリクに呼び出された彼に与えられた任務は、北部人として、敵の素性を探れというものだった。騎士としての信念に燃える彼には、とんでもない程の残酷な任務だ。自身が一番嫌う者になり、仲間を殺す立場に落ちたのだ。それでも、そこに忠誠など存在しなく、彼の愛は、とうに思い出せない祖国に向けられている。
「ソラル、よくやった。見てみろ、敵が背中を向けて逃げて行く。獅子王の軍とは思えないな。鼠の軍だ」
げらげらと笑う、自称戦友に複雑な笑みを向けた。本来、仕えるべき相手を殺し、敵に手を貸している自身に、ソラルは内心で嘲笑う。惨め過ぎる。
「来たるべき時に備えて、牙を砥いでるのさ。鼠の牙でも、お前くらいなら殺せそうだ」
ソラルの言葉に名前も知らない戦友は、不快感を示した。
「何をむかついてる。俺たちは勝ったんだぜ。次も勝つ、その次も」
「獅子王が、近隣諸侯に呼びかけ回ってるらしい。近い内に、大きな戦いになる。そうなったら、俺やお前も、簡単には勝てなくなるさ。それに、オデュッセウスとやらも、隠れてはいられなくなるだろう」
オデュッセウスは、神話に出てくる英雄だ。遠い祖国の家族の為に、旅立つ彼の名を使って、抑圧されてきた北部の人々に呼びかけてる。オデュッセウス=X。そのXは、早くも北部の人々から強い信頼を勝ち取り、Xを指導者に立ち上げられたのが、≪永遠の森≫と呼ばれる、カルト集団だ。本来なら、大したことなく、南部の敵になることも無かったのだが…、我らがボニファティウスと手を結び、その勢力は、爆発的に巨大になった。今でも、兵は尽きず流れ込んでくる。噂ではボニファティウスは死に、その子供が後を継いでいるらしいが…会った事がないので分からない。結局、南部の敵は増えて行く。
「マジで言ってんのか。お前、オデュッセウスの言葉を聞いてないのか?俺たちは、南部の国を、馬鹿みたいに居坐った侵略者共から取り戻すんだぜ?解放の日は近いってな」
「お前こそ、マジで言ってんのか?オデュッセウスとやらが何者かは知らんが、所詮、俺たちは、唯のごろつきの軍なんだぞ。獅子王の軍と正面からぶつかって勝てると思ってるのか。それに、もし、勝ったとしても、王の庭をどうやって落とすつもりだ」
「えらく弱気だな、まるで南部の奴みたいだぜ」
「俺は…」
ソラルは、言葉を途切れさせてしまう。エリクが死に、自身が此処にスパイとしているのを知っているのは、将軍のミールだけだ。もし、彼が死ねば…自身は、南部の騎士ではなくなる。戻れなくなってしまうだろう。彼にあって、自身をこの地獄から解放したい。この南部への侵攻は、自分を取り戻す、またと無い機会だ。
そう強く思う彼の元に、一人の男が歩み寄り、告げた。
「良い活躍だ、我らの王に会ってみたくないか?」
そう告げた男に、ソラルは込み上がる笑いを堪えながら、頷いた。仕事が増える、唯、祖国に仕えていれば報われる事を信じて。




