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騎士名誉クラブ  作者: 雪ハート
光の戦い≪ブライト≫
33/111

世界の声3

昼飯後、ジャンヌはソフィアが帰って来るのを待っていた。王立図書館まで出掛けた彼女を、置いて帰って来てしまったのは間違いだった。紅茶を淹れた容器を口に運びながら、唯、永遠とそんな事を考えていた。

枯れ葉を散らす秋の樹が、肌寒い風に揺られて枝を顰める。石の道に敷き詰めた紅葉のカーペットは、行きかう人々に見向きもされないまま、踏みつけられ、湿った音を響かせていた。

「だいぶ暇な様子で助かりました」

そんなジャンヌの背後に、人が立っていた。白髪と白髭、顔に刻まれた深い皺。アーロン・フィッツジェラルドだった。

「先生、こんにちは」

ジャンヌは彼を一瞥した後に、そのまま視線を窓の外へと外した。今日会いたくなかった人の一人が背後に居ると思うと、憂鬱で、億劫な気分になり、自然に小さな溜息が零れた。

「実は、お話したい事…いや、知り合いに頼まれた事がありまして」

どんな?そう告げようとしたジャンヌの言葉を遮るかのように、彼は、すっかり薄くなってしまった頭を撫で、白髪を優しく撫で分けながら言葉を紡いでいく。

「簡単なことです。ある場所に行き、ある人物に会ってほしいのです」

「とても、簡潔な説明ですが…全く、理由が見つかりません」

「理由は幾つかありますが…まあ、貴女自身にとっても大切な事ですから、断るのはお勧めできませんね」

そう告げた彼の言葉は、どこか棘々しく脅迫めいていた。

「もし断ったら?」

「別段、何も。私は帰るだけです」

「……。先生の娘。シルヴィアですが…随分と、仲が悪いようですね」

ジャンヌは、相変わらず、窓の外に目を向けたまま、紅茶を飲み、そのままゆっくりと言葉を送った。

「私の娘ですか。よくある親子の喧嘩や確執といった物です。あの年頃の娘は、親に反抗したがるものですよ」

「何か、理由が?」

「よその事情に興味が御有りで?やれやれ、随分と暇をしているようだ。娘とは、ドルイド教の医師団として働いていました。人種や宗教に関係なく、人々に奉仕をする名目で活動しているのです。私はその一員として、色々な場所に行きました。もちろん、人々の傷を癒すために。高潔な精神だ。それでも、救えない人と救える人とを天秤にかける場面は訪れる。不必要な人と必要な人、どちらを切り捨てるかは、考えずとも分かるでしょう。娘はまだ若く、経験も浅い…。今は私の行為に反感を持つのも頷ける。まあ、ほんの些細な意見の相違というやつですよ」

「ほんの些細な意見の相違…」

その程度では度し難い程に、シルヴィアは彼を嫌っている。嫌っているどころか、危険だと忠告してきたのだ。何か理由があるにせよ、彼から直接何かを聞き出すのは難しいだろう。

「暫く会わないうちに大人になられたようだ、父上の友であった私を疑うとは…。貴女があの御屋敷で名付けられる時には、私も立ち寄ったのですよ。貴女が物心ついた時には、貴女の家庭教師をしていた。そして、北部から戻られた時には、一番に私を頼った…違いますか?」

「違いません、私の顔見知りは、兄と貴方だけです」

ジャンヌはそう言いながらも、彼とは視線を合せなかった。

「それを聞いて安心しました。それでは、私はこれで…、城から追い出されてからはドルイドには狭い街になってしまいました」

「城から追い出された?」

聞き覚えのない単語に、驚きながらジャンヌは振り向いた。

「おや、ご存じ有りませんでしたか?なんでも、敵に情報を流しているのは、ドルイドだと、王が言い始めましてね。耳を疑いましたよ、ドルイドは遥か昔から王に親身に仕えていると言うのに、なので…此処に来るまででも、かなり精神を削りました」

何故、グインはドルイドを疑ったのか…確かに、ドルイドたちは秘密主義者達の集まりではあるのだが、王族に仕えていたドルイド全てを追いだし追放する程の証拠があったのだろうか。考えても分からないと、頭を揺らすジャンヌを見たアーロンは、口元を歪めて、決して美しくは無い不敵な笑みを零し、呟いた。

「では、私はこれで…場所は、そこの紙に書いておきましたよ。こんな状況ですから、此処へはもう来ないでしょう。街外れでひっそりと暮らすのも悪くは無い」

アーロンは、机に投げ出されていた紙を手に取れば、筆で表面を撫でるように雑に文字を書きならべていった。そして立ち上がり、肩を軽く回しながら小言を呟く。そんな彼を見たジャンヌは、咄嗟に呼びとめた。

「待ってください、まだ、その謎の人物に会うとは言っていませんよ」

「会わないのですか?」

彼はジャンヌの言葉を聞き、まるで信じられないと言う様な表情で聞きなおした。

「ええ、恐らくは…」

「それは、困りました…。先ほども言いましたが、大事な事ですよ。なにせ、貴女の出生に関しての事ですから…では、お元気で」

彼は、唖然とするジャンヌに背を向けた後、そのまま街の中へと消えて行った。彼が、どう言う事を思っていたか分からないが、ジャンヌを動揺させたいと思っての発言だとすれば…効果は絶大だった、大成功だ。

ジャンヌは、手に持った容器を落としそうになるのを何とか堪えれば、机に置かれた紙に目を向ける。

紙には、時間と場所が簡単に書き並べられていた。







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