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騎士名誉クラブ  作者: 雪ハート
氷の森
28/111

反転

ソフィアは敵を射抜いた。一人、また一人と倒れて行く敵を眺めながら、指の皮膚が擦り切れるほどの力を込めて打ち込んだ。このままいけば難無く敵を打ち果たせたはずだが…そう上手く行く筈も無かった。

敵は、高所から矢を放つソフィア達に向かって岩を駆けあがって来る。それも、人間とは思えぬほどの速度で…。濡れて滑りやすいはずの岩の表面に指を駆け、足と身体を上手く使う。この地で育ち、鍛えられたからこそ出来る芸当だった。

数分と持たずに数人が這い上がってきた。ソフィアが矢を放つ間もなく距離を詰められ剣を振り下ろして来る。ソフィアは身体を後方へ倒しながら(とは言っても、殆ど条件反射みたいなもので意識して避けた訳ではない)手に持った矢を敵に突き出す。敵の肩に矢の尖った先が食い込むが、ソフィアの腕力では、敵の屈強な肌や肉を貫くことは出来なかった。敵は一瞬、痛みに表情を歪めるが、それもつかの間、その剣を一気に振り下ろした。ソフィアは弓を胸元に構えたまま地面に背中を打ちつけると同時に、手が痺れる程の衝撃が広がる。木片が飛び散り、空気が歪む程の鈍い音を立てる。敵の剣を弓が砕ける寸前のところで受け止めていた。ソフィアは、この弓を作った職人の腕の良さに感謝の念が押し寄せるも、今にも弓は砕け、自らの胸を敵の鋭い刃が引き裂く様を容易に想像できてしまって、気が気ではなかった。額に汗が一筋の線を描いて流れる。

敵は、弓ごと砕こうと、もう一度、大きく身体を仰け反らせながら剣を振り上げた。ソフィアは敵の股間を思いっきり蹴り上げた。敵は悲痛なうめき声を漏らすとその場に転がる。矢を突き立てるよりも余程の効果があったが…その仕返しも恐ろしかった。敵は頭から火が噴火しそうな程に顔を赤面させて逆上した。

逃げるしかない。ソフィアは、敵の顔に敵持った使えなくなった弓を投げ捨て、背中を向けて駆けだした。当然のことながら、敵もソフィアの後を追う。

森との境界を越えて、木々の隙間を縫うように逃げる。肩越しに振り向くと、敵が迫ってきていた。逃げられない、そう悟った瞬間に、ソフィアと敵は走るのを止めた。別段、戦おうとか、逃げても無駄だと思った訳ではなく、二人とも自身の置かれた状況を認識した為に足を止めたのだ。周囲の草が揺れて、灰色の毛を身に纏った狼が数匹姿を現した。狼は今にも飛び掛りそうな程に、瞳をぎらつかせている。口元から唾液が滴り光る白く尖った牙を覗かせていたが…、何を思ったか、そのままゆっくりと向きを変えて再び森の中に消えて行った。ソフィアが溜息をつく暇も無く、今度は近くに居た敵の短い悲鳴が響いた。慌てて視線を向ける、敵の首から血が不噴き出し、周囲の木々に血の雨を降らせて絶命する。

ソフィアの目の前には、黒い不気味な仮面の女、スノウが立っていた。

スノウは無言のまま、ナイフに着いた血をふき取りながら、首を数回左右に傾けた。骨が音を立てて鳴る。

「ありがとう、スノウ!あっちにジャンヌが居るから戻らないと、スノウも手を貸して!」

スノウに背を向けたソフィアが駆けだそうとすれば、腕を強く掴まれた。余りの力に骨が折れたのでは、と錯覚したが幸いそれは杞憂だった。

「ちょっーースノッーー」

ソフィアが訳も分からないまま振り返るよりも先にスノウに抱き寄せられる。彼女はソフィアの顔の横で仮面を外した。綺麗な栗色の前髪が揺れている。病的な程に白い素肌…肩に掛かる彼女の吐息。

ソフィアがぞくりとした悪寒に襲われた刹那に、首筋に針を刺された様な痛みが走った。足の先から、頭の先まで…チカチカとした痺れとも言える痛みが走る。駿馬が駆け抜ける如く、荒々しく痛みが広がる。

ソフィアはこの時になって漸く、何をされているか分かった。普通の人間が、他人の血を飲むなんて状況を想定している人は少ないだろう。兎に角、ソフィアはブラッドメイアーの雷の様な鳴き声を聞くまでの、数秒か数分かの時間、血を吸われ続けた。

ブラッドメイアーの声に驚いたスノウはソフィアを地面に半ばゴミを放り捨てるように落とせば、影の様な…黒い飛沫の様な…何か理解出来ない者のように姿を消した。

地面に突っ伏したソフィアを強烈な吐き気が襲う。幸いにお腹の中には何も入っておらずに大惨事にならずに済んだが…気分の悪さは異常だった。

零れ木の光は眩しく焼く様に熱かった。遠くの音までハッキリと聞こえた。悲痛な呻きと、鳥の鳴き声と、木々が身体を揺らす音。頭が割けそうになる。空が回り、そしてソフィアの意識は暗黒の中に沈んだ。


ジャンヌ達は、目の前の3メートルは有ろうかと言う大男に苦戦していた。彼は巨大なハンマーを振り回し、敵味方関係なく薙ぎ払った。鎧を砕き、体重100kgの男を軽々と宙に舞わせた。喰らえば一溜まりもないだろう。ジャンヌは寸前のところで避けるが、中々懐には踏み込めない。

「俺にまかせろー!」

一人の脱走兵が駆け出した。もちろん、何を任せるかも分からない。その男に釣られたアトルは巨大なハンマーを振り上げた。その時に背後から懸けていた男がアトルの背中に剣を突き立てた。アトルの背中から鮮血が飛んだが、彼は気にもせずにハンマーを振り下ろし、目の前にいた男の頭を、潰した。まるで、果物を踏みつけたように軽々と。

そして、アトルは振り向き今度は、背中に剣を突き立てた男を潰そうと距離を詰める。その隙を見逃さまいと、ジャンヌが駆け出す。アトルの太腿に剣を突き刺した、深く深くと。

流石のアトルも悲痛な声を響かせて膝を着いた。振り返りジャンヌを見る。彼はふら付く足を持ち上げて、ジャンヌに突進しながらハンマーを振り上げた、ジャンヌは岩の壁に向かって、アトルに背を向けて走った。追いつかれる寸前の所で、彼女は岩壁を蹴り上げ宙を舞った。刹那、彼女が蹴り上げた岩壁にアトルのハンマーが叩きこまれる。轟音と共に岩が砕けるが目標は空を駆けている。

ジャンヌは身体を翻し、そのままアトルの首に剣を突き刺した。アトルは両手を振り回し、溺れる様に暴れ、ジャンヌを殴り、払い落すも程なくして巨体を水面に倒して絶命した。

辺りを見渡す…。残ったのは三人だけだった。そして、その中にソフィアが居ないと知る。響くブラッドメイアーの鳴き声、ジャンヌはその方向に向かって駆けだした。

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