顔のない死神
バルトロメウスの身体が傾いた、膝が大きく折れて背中から小石が散らばる地面に背中を打ちつける。零れだす鮮血は石の間を縫うように流れ、赤い小さな川となり線を描く様に広がっていく。一目で分かった、それはおおよそ、生きている人間の倒れ方ではなかったから…。
護衛の兵達も何が起こったのか理解していないようだった、咄嗟に剣を引き抜く彼らに、フードの男達の矢が刺さった。護衛達は呆気なく息絶える。
ソフィア達は息を飲んで、目の前の光景を眺めていた。増える屍、暴力が支配する世界。弱者を一切許さない世界。流れる川が、石を砕く。飛散する滴は輝き、木々の香りが鼻孔を擽った。
この世界が本来のありのままの姿で、正しい自然のありかただろう。なにより、ソフィアはとても美しいと感じてしまった。暴力ではない。単純明快な世界の在り方に。
くそ!ジャンヌとブラッドメイヤーが飛び出した。その行為にソフィアの意識はジャンヌに向くとともにゾッとし背中に寒気を感じてしまう。リーダーらしき男が、バルトロメウスの死体からアミュレットを剥ぎ取ろうとしていた。
「ソフィア、撃て!」
背後に居たフレイムは弓を構えた。ソフィアも慌てて弓を構える。飛び出したジャンヌと犬の背中が見える。その背中越しにフードの男5人の姿。彼らはこちらに気付くなり背後の森の中へと駆け出した。
予想もしなかった第三者からの奇襲。準備など出来てはいないだろう。彼らは、さっきまで自分達が狩人であると確信して疑わなかったのだから。
的を絞った二人の矢が空気を切り裂きながらフードの男の二人を捉えた。フレイムの矢は、一人の胸に突き刺さり、ソフィアの矢は、もう一人の男の太股に刺さった。
「よく当てたな、行くぞ!」
アベルがソフィアの肩を叩いて賞賛するとそのまま茂みから飛び出し敵を追った。続いてアンヌが飛び出した。この時には、ジャンヌは川の半分くらい渡っていた。彼女は、川に並べられた岩の上を器用に飛んで渡っていた。
「ジャンヌ!待って!!」
ソフィアは弓を握りしめ、このままでは置いてけぼりにされてしまうという孤独感を感じた。幸いなことにその感情のおかげで、動かなかった足は力を取り戻す。茂みから飛び出し、彼女の後を懸命に追いかけた。
「あいつら速え…」
フレイムとスノウとサムが川を渡った時には、他のメンバーは森の中に消えていた。
フレイム達はわざわざ森に入って彷徨うよりも此処でメンバーが帰って来るのを待つことにした。単に危険な道を選択するのが嫌なだけだったが…。
「追わないのかい?」
サムは息をぜーぜーと乱しながら、川に石を投げるフレイムに問いかける。どこか不満そうなサムに対してフレイムも不満そうに応答した。
「追わない。追いたかったら追えよ。お前みたいなデブが今更、追いかけたとこで、迷子になるだけだろ。それに、何処に敵が潜んでるか分からないだろ?」
サムに目もくれないフレイムの隣で、スノウは微動だにせず、サムを眺めていた。暗いマスクのせいで、彼女の表情を読み解くことは出来なかった。
サムはすぐにでも森に駆け込み、一時的な仲間の彼女たちを助けに行きたかった。頭では理解している。フレイムの告げた事は正しいと。それでも、サムの優しい心はその逆を求める。
もっとも、彼は行動に移すだけの勇気が欠けていた。優しい心と何もしない身体…。サムは、他者からすれば、臆病で、自身の身を優先する、何よりも人間的な人間だった。
スノウは、そんな怯えた顔を浮かべるサムをマスクの下で嘲笑した。その時、森と川辺の境目から、何かを引きずる音がした。スノウはサムから目を離し、その音がする場所まで歩いて行く。
フードの男が一人、身体を引きずりながら呻いている。ソフィアが射た矢が、彼の太股に深く食い込み、おびただしい程の鮮血を滴らせている。
「どうするつもりだい?」
サムも音に気付いていた。瀕死の男に歩み寄るスノウに問いかけた。
どうする?決まっている。サムがどういう意味で問いかけたのか、スノウには理解できなかった。
「殺すのか?そんなに血が出てるのに、殺さなくても勝手に死ぬだろ?」
背後から聞こえるサムの声、嗚呼…うるさい。なんて耳障りな声だ…。スノウは背中に浴びせられる、声と軽蔑の眼差しを受けながら無視して歩き続けた。
男は自身に歩み寄るスノウを見て、死期を悟るも最後のあがきを見せる。悲痛なうめき声を漏らしながら、既に感覚のない腕に力を込めて身体を前へ前へと引きずる。森に逃げ込めば助かるかもしれない、そんな望みのない希望を抱いて。
スノウは当たり前のごとく、逃げる男に追いついた。彼の足を踏みつけて太股に刺さった矢を引き抜いた。赤黒い液体が噴き出す。鉄の匂いと、男の悲鳴が充満する。このまま死ぬのを眺めても良い。だけどそれではあまりに……。
スノウは、自らの短剣を引き抜き、男の首に当て、躊躇なく引き裂いた。
「あの男が苦しまないように、と…思ってのことかい?」
血に汚れた短剣を川の水で洗うスノウの背後からサムが問いかける。スノウは短剣をしまい、立ち上がりながら振り向いた。先ほどまでの軽蔑の眼差しはなく、どこか慈愛に満ちた瞳を輝かせていた。
スノウは、さてね。と言いたげに肩を揺らしてはぐらかす。その様子を見て、フレイムは、くっくっ…。と零れだす笑みを抑えれず肩を震わせた。スノウも、笑みを零したいほどサムに呆れたが、不思議と嘲笑する気にはなれなかった。ただ、確信したのは…サムはこの世界では生きてはいけないだろうということだけだった。サムの死期を悟った……。サムが無抵抗のままこの地で朽ち果てるのを眺めるのも良い…。でも、それでは、あの男と同じように…余りに……つまらないだろう?もとより、私の望みは死神…だけなのだから。




