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騎士名誉クラブ  作者: 雪ハート
氷の森
20/111

待ち人来る

不穏な空気を轟々と流れる川が洗い流した。先の見えない上流から鉄砲水のように流れる勢いに誰もが唾を飲んでいた。

「この川を渡るのは流石に無理だよ」

ソフィアは全員の心の声を代弁するように呟いた。

「うん、恐らく、脱走兵の言っていた川だろう。上流か下流か…。どちらに行く?」

これが例の川なら、当然、敵も近くに居るはずだ。居てくださいお願いします。ソフィアはそう心の中で呟きながら上流の方へと指をさした。スノウとアベルとジャンヌも同じ方向を選んだ。

フレイムとアンヌとサムは下流方向を選んだが、多数決で上流へと進むことに決定した。

「ねえ、ジャンヌ。サムとフレイムの事なんだけど」

ソフィアはジャンヌに駆け寄り言葉を投げかける。

「ああ、仲が悪いのは困るな。それでもやはり私にはどうすることも出来ない」

「あの様子じゃあ、フレイムがいつかサムを本当に殺しそう」

「いや、それは大丈夫だろう」

「騎士だから?」

「ああ、スリント家の養子だ。スリント家はもとは平民だったのだが今では領地を持つ貴族になった。その方法は…まあ、褒められたものではないが」

「悪いこと?」

ソフィアの質問に複雑そうな表情を浮かべる。どう答えればよいか迷っているようだ。

「スリント家は泥棒稼業で利益を成した。恐らくフレイムもその訓練は受けているし、事実、彼の盗み癖は私も知っている」

「それじゃあ、スノウとフレイムはどういう関係なの?」

「私は知らないぞ」ソフィアの質問攻めに参っているかのように肩を持ち上げれば、目を閉じ頭を左右に揺らした。降参だと告げるように両手のひらをソフィアに向けた。人の事に口出しするのは慣れていないのだろう、勘弁してくれと溜息を零す。

そもそもこの騎士団は一貫して仲間や他者に関する関心が薄い様な気がする。良く言えば、奔放で自由。悪く言えば…冷たい。お互いに深くは踏み込まず、失った時の悲しみを少しでも和らげようと心の鍵を堅く閉ざす。どちらかが欠けては生きてはいけない。強く相手に依存することがジャンヌはあるのだろうか。

私は貴女が居なくなったら生きていけない。ソフィアはジャンヌの横顔を眺めながら心と口を閉ざす。この感情は毒だ…。心から追い出せないなら、自身が認識出来ない奥深くへと埋もれてしまえ。そんな事を思いながらもソフィアの胸に、鈍い痛みが走る。嗚呼…、心は既に毒に侵されている。その毒で私の心は力強く脈打つのだ。

ソフィアは目を閉じ、鈍い悲鳴を上げる胸に手を添えた。



敵だ…。ジャンヌは無言のまま片手を広げた。

背後の足音が止む。

川の流れが、岩を砕く勢いで流れている。その対岸には視界に入るだけでも4人の敵の姿があった。ジャンヌ達は、近くの森に身を潜めて敵の様子をうかがっていた。

敵の中の一人、黒い手袋に革の鎧。狼のマント。白い髪と髭。今までになかった気品。そして、首にぶら下がった不気味なアミュレット。

「おいおい、あれって。あいつがバルトロメウスか?」

フレイムが一番に口を開いた。

「恐らく、そうだろう。あのアミュレット…、見覚えがある」

ジャンヌが、続く。それを聞いたアンヌとアベルが小さく口笛を吹いた。

「だったら、さっさとやっちまおう。それであれを持って、こんな場所からおさらばだ」

フレイムは懐から短剣を取りだした。それに吊られてソフィアもゆっくりと背中に背負った弓を構える。

「落ちつけ。もし本当に将軍なら、護衛に4人は少ないだろう。そなたも弓を下ろしてくれ。もう少し様子を見よう」

ジャンヌが溜息を吐きながら告げた。

「このまま森に入られたら…見失うかも知れないぞ!」

フレイムが高くなりそうな声を押し殺しながら告げる。それを聞いたジャンヌは指を敵が居る方へ向けた。

バルトロメウスは対岸でふらふらと歩いた後に、大きな石に跨り、座った。その周りを3人の護衛兵が囲む。川辺に転がる石を蹴ったり、川に石を投げ込んだり、退屈そうに時間を浪費しているが、その場から遠ざかる気配はなかった。

「恐らく、何か…。いや、誰かを待っているんだろう」


数時間が過ぎた。石に腰かけたまま動かないバルトロメウスから一瞬たりとも監視の目を逸らさないジャンヌの集中力と忍耐力に感心させられる。その背後で各々は武器の手入れをしたり、あくびをしたりと緊張感のない退屈な時間を過ごしていた。

「来たぞ…」

ジャンヌの一言に、一同は頭を上げて慌てて駆け寄り、目を見開きながら木々や葉の隙間から覗き込む。

5人の男が来た。全員フードをかぶっており顔は見えない。バルトロメウスは怒りを露わにするように手を大きく広げて、怒鳴っている。彼の怒鳴り声も川の轟音で聞こえない。

フードの男の一人が歩み寄り、懐から石を取りだした。それに手を伸ばすバルトロメウス。

「あれは、『エンゼル・ストーン』か」

声を上げるアベル。一瞬、敵に聞こえたのではないかとひやりとする。

「なにそれ?」

ソフィアは、アベルの様子と反対に、落ち着いた様子で首を傾げた。その姿をみたアンヌが溜息交じりに言葉を紡いだ。

「ダチュラの花と同じ成分を含んだ石だよ。あのままでは唯の石だけど…、ある特別な方法で成分を抽出すれば、夢の世界にトリップ出来る薬になる」

「なんで、そんな物を彼が欲しがったんだろう」

「さてね、一回使うと抜け出せなくなるらしいけど…」

「夢の世界から?」

「そうだよ」

「なにそれ恐い」

アンヌが手のひらを天に向けて空気を持ち上げるように腕を揺らした。ソフィアは自身の顔から血の気が引くのが分かる。恐ろしい薬だ。そんな二人の隣で、ジャンヌが息を飲んだのが分かった。

喜ぶバルトロメウスの胸を、フードの男の剣が貫いた。躊躇など微塵も無いかのように、息をするかのようにしなやかな動きで……。







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