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騎士名誉クラブ  作者: 雪ハート
氷の森
19/111

不満

今まで数多くの歌を耳にしてきた。喜びの歌。悲しい歌。難解な歌。愛の歌。

どんな歌を聴いても、いつも心と記憶に残る歌は悲しい歌だった。孤独な本心から発せられる本質的な言葉に病んだ心は癒されて、アンニュイで…それでいてどこか心地の良さまで感じてしまう。ソフィアは自身の心が自己判断よりも病んでいると言うことを再認識する。然しながら、今回は…。幾ら、ソフィアの心が病んでいると言っても、歌っているのはジャンヌだ。ソフィア自身、彼女の歌は初めて聞いた。アンヌの歌声も好きだったが、ジャンヌの歌声はどこか気恥ずかしそうで静かで、慎ましかった。ジャンヌのすぐ後ろを歩いているソフィアにしか聞こえていなかったかもしれない。ソフィアは、その澄んだ声に耳を澄ませながら、この場所を独り占め出来たことへの喜びを一人で噛み締めていた。その光景を他の誰かが見ていたら、一人でにやにやと笑みを堪えるソフィアを見て不思議がっていただろう。


苔の多い茂った木の根はソフィア達を転ばしてやろうと意気込んでいるかのように、凍りついた赤茶けた地面から浮きだしている。森の奥に進むに連れて寒さは和らぎ、枯れ葉を抱えた木が目に着く様になっていた。空には雲の隙間から覗く日差しが見え、立ち込める霧の水滴の一つ一つを照らす木漏れ日となって、光の砂をこのソフィア達のいる森に振りまいていた。

「いつまで歩くんだ、僕はもう疲れたんだけど」

自称案内役のサムが不満を口にした。そんな事は言われなくても分かってる。しかし、此処まで来た以上、何もせずに帰るなんてこと出来る訳ない。そのサムの一言で、辺りは一瞬で空気の線が張り詰められたように強張るのが分かった。

「サム、一人で帰っても良いんだぜ?」

フレイムが恒例のおしゃべりを発動させる。彼が口を開けば、何かしら起こるが、それが良い方に向かうことは一度も無かった。

「僕は、道案内だぞ」

「道案内なんかしたか?ケツに糞でも詰まった様な歩き方しやがって、このデブ野郎」

「横暴だ、僕だってこんな場所に来たくなかった。君達が無理やり連れて来たんじゃないか」

「文句ならお前の上司に言え、俺達の仲間を二人も連れて行った挙句に、何の役にも立たないデブを寄越しやがって。てめえが死んだら丸焼きにして食ってやる、ありがたく思え」

むっと背筋を伸ばして退こうとしないサムに対して、フレイムの声がだんだんと殺気を帯びてきたのが分かった。額に青筋を浮かび上がらせて、腰に巻いた短剣の柄を握りしめている。フレイムは正直者の騎士とは似ても似つかない存在だった。話好きで一件、接しやすいように見えるが、瞳の奥では相手を出し抜いてやろうとか、良い情報を引き抜いてやろうとか。使えないやつは瞬時に切り捨てる。そんな利己的な彼が、リアナの代わりに来たサムの存在を快く思うはずがなかった。いわば、ジャンヌに連れて来られたばかりのソフィアと今のサムは同じだ。唯一違うのは、ソフィアと違いサムは任意ではなく無理やりに連れて来られたこと、そして何よりも彼が騎士団ではなく仲間でもないからだ。彼と騎士団の間には一切の信頼関係というものが欠如しているように思えた。

「君はクズだ、フレイム。死体から指輪を取っただろう?僕は見てたぞ。騎士なら騎士らしくしたらどうだい」

「よし、デブ。お前は此処で死ね」

フレイムはとうとう短剣を抜いた。銀色に光る切っ先が今から引き裂こうとする肉へと向けられる。

「はあ…もうやめろ、やり過ぎだぞ。そなたも、少し我慢してくれ…」

フレイムの胸元にジャンヌの手が伸ばされる。呆れたように二人を見比べながら宥める言葉を紡いだ。フレイムはジャンヌの顔を見た後に舌打ちすれば短剣を懐にしまって、そもまま両手を広げつつサムから遠ざかるように後ろに引いた。その際にサムに向かって、『殺してやる』と声を発さないまま口を動かしているのがソフィアには見えていた。この二人の信頼関係は修復不可能だとソフィアは悟った。




補足ーー

『騎士道』

信仰心、教会の教えへの服従。弱者への敬意。愛国心。敵前からの退却。主への厳格な服従、ただし神に対する義務に反しないこと。異教徒との戦い。正直であれ。惜しむな、与えよ。悪の力に対して、どんな時も屈せず正義を遂行せよ。






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