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騎士名誉クラブ  作者: 雪ハート
氷の森
16/111

騎士像

「…フィア、ソフィア、起きろ」

突然、意識の外で声がする。同時に肩を揺らされる衝撃にソフィアは慌てて起き上った。

一瞬、飛び起きた拍子に呼びかけるジャンヌと額をぶつけそうになったが、流石と言うべきか、ジャンヌは身軽な動きで身体を反らせてひらりと避けた。

「どうしたの?」

ソフィアは訳が分からないと言った表情で周囲を見渡す。全員、目を覚ましており、後はソフィアが目を覚ますの待ちだったと言わんばかりに手に武器を構えて、姿勢を低く保っていた。

「敵だ…」

ジャンヌが警戒しながら話しかける。意識しているのか無意識かは分からないが、彼女の声は小さくなり、吐息と混ざって妙に色っぽい艶のある声になっていた。自身でも緊張感に欠けていると感じながらもジャンヌから目が離せなくなったまま、ソフィアは手探りでロングボウを掴む。冷たい氷の感触が指に伝わる。

全員が呼吸を小さく、小さくしていくのが分かる。ソフィアは、自身の呼吸と鼓動だけが聞こえ、申し訳なく思ってしまう。それほどまでに静寂に包まれていた。

「待て、攻撃するな!止めろ、俺達は敵じゃない」

静寂を破るように声だけが響く。不意に、茂みの中から手を上げる二人の男が現れた。

「俺達は、『やつら』じゃない」

「何故、そうだと言える?」

アンヌが、声を上げた。聞きなれない単語に疑問が生まれる。

「何だ、お前ら、北部人じゃないのか?今からそっちに行くから、攻撃しないでくれ」

全員がジャンヌを見た。彼女は周囲を見渡した後に頷き、二人の男を冷たく歓迎することにした。


「良く見れば、お前達…娼婦か?」

此処に来てから娼婦扱いされ続け、しっかりお馴染になりつつある単語を聞けば、以前まで感じていた不快感や怒りは無くなり、ただただ、繰り返している返答の面倒臭さだけが残っていた。

「私達は、騎士だ。そなた達は…何をしている」

ジャンヌは、溜め息交じりに娼婦ではないことを伝えつつ問いかけた。

「南部では娼婦も騎士か…。俺達は、『やつら』じゃない。以前、斥候部隊として、要塞ケルンから来たんだが…案の定、敵の罠に掛かってな。仲間は殆ど死に、部隊は壊滅。俺達は命からがら逃げ出したが、要塞にも帰る訳にはいかない、帰りたくないしな。それで、こうしてこの森で脱走兵生活だ。近くに脱走兵達の居住区間がある。20人は居るよ」

「それなら、敵の部隊の居場所は分かるか?私達は敵の将軍に用があるんだ」

「この森に長くいるが…『やつら』が何処にいるのか分からない。やつらは恐らく、一か所に長く留まらないからな…。それにあいつら、恐いんだよ。出来るなら、もう関わりたくない」

「恐い?」

「ああ、あいつら…食うんだ。人を。殺した後。俺の友達、なんて言ったけな。トムだかビーンだか忘れたが…」

「ワースだ」

記憶から検討違いな名前を引きだした男に対して、もう一人の男が正解を告げた。

「そうそう、ワースだ。そのワースが、骨だけで死んでた。ついでに焼かれて食いかけの肉も。アレはもう最悪の死にかただぜ。なんでワースだと分かったかって思うだろ?指輪だよ、あいつはいつも指輪を持って歩いていたからな、その指輪が切断された指の一本に…。まあ、その指輪を指から奪った男も消えたし。やつも死んだんだろうな、今では敵が持ってるだろう」

その話を聞くなり、フレイムが不機嫌そうな表情でポケットをまさぐり始めた。持ち主が死ぬ度に別の持ち主へと渡るその指輪を気色悪がっている。そんな複雑そうな表情を浮かべた。

「とにかく、俺はもうやつらに関わる気がない。だから、敵の部隊を斥候したり、野営地を探したりする気も無い」

ソフィア達は溜息を漏らした。この男、必要以上に良く喋る。口の軽さで言えばフレイム以上かも知れない。良く喋るが全くと言っていいほど有益な情報を得られないので、残るのは疲労だけと言ったところだ。

「そういえば…」

おしゃべりとは違うもう一人の男が口を開いた。

「此処から北に行けば、意外と大きな川と滝にぶつかるんだが…その場所付近で『やつら』が集まってるのを見た。と言っていたやつがいたな…」

それだ!と全員が思ったに違いない。その川の付近で敵は野営しているに違いない。そうで無くては困る。

「いつ頃、見たのだ?」

「確か、アレは一週間程前か…」

「数はどのくらいいた?」

「そいつが言うには数千人は居たって言っていたがな」

「数千!?」

ソフィアは声を漏らした。当たり前だ、そんな大群が居たなんて聞いてない。

「そいつらは、南に向かって行ったらしい」

数千人の敵が南に向かったまま姿を消した。もちろん。要塞に攻め込むために編成された軍団なのかもしれないが、一週間前ならば既に要塞に到着しているだろうし、そんな人数で攻められれば、流石に要塞ケルンも堕ちる。しかし、その部隊はケルンに行っていない。

「どこに消えた?」

ジャンヌが思考を巡らせるようにつぶやいた。その横顔を眺めながら、ソフィアは一つの可能性を思いついた。

「もしかして、敵の狙いは要塞ケルンじゃなくて、増援の大部隊なのかも…。ほら、ケルン防衛の為に王様が派遣するって…ジャンヌのお兄さんが言ってたでしょ?」

「おいおい、まじかよ」

フレイムが冷や汗を拭う仕草をしながら呟いた。

「確かに、その可能性は高いが…。敵は何故、それを知っている?」

アベルが、問いかける。

「それは……」

それは…。そんなこと、言わなくても全員が理解していた。南部の情報をボニファティウスに流しているスパイが居るのだろう。しかし、それが事実としても、今はどうすることも出来ない。ソフィア達は目の前の任務に集中することにする。急いで、アミュレットを回収する。そうしなければ、大変な状況に陥ってしまうだろう。増援部隊が壊滅すれば、当然要塞ケルンも堕ちる。退路を失ってしまう。それは最悪の事態だ。

「共に、勤めを果たす気はないか?」

そんな状況でもジャンヌは落ち着いていた。内心は焦っていたのかも知れないが、彼女の表情は読みづらい。それに彼女の言った通り、彼らを引き込めれば、割と任務は簡単になる筈だろう。

「さっきも言ったが…俺達は戦うつもりはない」男が拒否をすれば、ジャンヌは肩を浮かせて溜息を吐く。

「そうか…、ならば、私達だけで行くとしよう。強制する気はない…私はどんなことがあろうが任務は完遂する」ジャンヌなりの皮肉だったのだろう、完全な騎士像に囚われた彼女にとって、任務よりも保身をとった彼らが許せなかったのだろう。立ち上がれば、武器が凍っていないことを確認しつつ歩き始める。ソフィアも慌ててジャンヌの後に続いた。




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